215 チョットマは別ですが
イコマはレイチェルの部屋を訪問した。
急ごしらえの扉が設置してある。
隣の部屋は空室だが、そちらにも扉がある。
アヤの部屋として準備された部屋である。
どちらも下に隙間が開いている。
フライングアイが自由に出入りできるように配慮してくれたのかもしれない。
レイチェルと話そう。
どうして、アヤがエーエージーエスに放り込まれることになったのか、それを聞かねばならない。
「入ってよろしいか」
「どうぞ」
女が座っていた。
包帯姿が痛々しい。
入ってきたのがフライングアイだと知ると、目を丸くした。
「始めまして」
イコマはチョットマのパパだと自己紹介した。
レイチェルとチョットマは会っていないはず。
チョットマとは誰かと聞いてくるだろう。
それをきっかけに、街の様子などを話そうと思っていた。
が、あてが外れた。
レイチェルは、黙ってチラチラと視線を送ってくるだけだ。
前振りなしに、街の様子を話すことにした。
「街の様子をお話ししましょうか」
「ええ、ありがとうございます」
見る限り、市民は平穏である。
ただ、街中で武装することは厳しく禁止され、武器などの店は閉ざされている。
また、防衛軍や治安部隊の巡回は頻度を増している。
レイチェルは唇を引き結び、黙って聞いていた。
「あるバーに、将軍と呼ばれる人が飲みに来ていました」
さすがに、レイチェルが目を剥いた。
「誰ですか?」
「存じません。私はチョットマの懐に入っておりましたので、姿を見ておりません」
依然としてレイチェルは、チョットマとは誰かとは聞かない。
「ところで」
イコマは本題のひとつに入った。
「政府のものと思われる、四つの軍が確認されています」
レイチェルが目を上げた。
「エーエージーエスの中でオーエンに殲滅された部隊。エーエージーエスの入り口付近でハクシュウ隊を追ってきた部隊。今、この洞窟の近くで駐屯している部隊。そして昨日、街の近くでハクシュウを襲った部隊」
レイチェルが体を震わせ始めた。
「なんてこと……」
その言葉がなにを指しているのか、明らかだった。
ハクシュウが殺されたことを指している。
しかし、イコマは念を押した。
「ハクシュウのことですね」
「まさか、こんなことに……」
レイチェルの考えを把握しておきたい。
軍の動き。
レイチェルこそが説明できることだ。
「あなたはどうなると思っておられたのですか? よろしければお聞かせください」
レイチェルは、しばらく黙り込んだ後、初めてまともにフライングアイに目を向けた。
「すみません。フライングアイとお話しするのは初めてなので」
「わかります」
「なんとなく間合いが掴めなくて」
「ほとんどの人はそうです。チョットマは別ですが」
「そうですね」
微妙な声音。
ほとんどの人の反応、に同意したのか、チョットマは別だと言ったことに同意したのか、わからなかった。