211 妙なのに化けやがって
あ、と思う間に、水売りの少女が岩壁に溶け込んでいく。
「ん!」
「どうでもいいから!」
「こっちの通路じゃないのか!」
「なにそれ!」
少女の姿はすぐ見えなくなった。
細い腕だけが岩壁から突き出て、ぐいぐい引っ張っている。
こうなりゃ。
やむを得ない。
ンドペキは、引かれるままに岩壁に一歩を踏み出した。
JP01を信用するしかない。
それにしてもこやつ、妙なのに化けやがって。
岩壁に顔をぶつけることはなかった。
視界が歪んで、色が交じり合う。
バーチャル!
向こうにはなにが!
そう思った途端、ストンと視界が開けて、通路に出た。
先ほど上から見たのと同じような通路だった。
ぽつんと照明がついている。
石畳。
ただ、濡れてはいない。
「おい!」
まだ腕を掴まれている。
「JP01!」
さっと振り向いた少女。
パイサイドめ。
「あ、えっ!」
抱きつかれて、顔が見えなくなった。
「うわぉ! こんなところで会えるって!」
しかし、たちまち真剣な声で、
「ついて来て!」と、また腕を引っ張る。
すぐに脇道があり、JP01はそこに入っていこうとする。
小柄な体。
長い緑の髪。
そして、この甲高い声。
そして女は、
「この奥に、ホトキンがいる!」と、叫んだ。
ホトキン?
ホトキン?
ホトキン!
ンドペキはその名を思い出した。
「JP01?」
「は?」
「なっ! チョットマ!」
「早く!」
「そうか! よくやった!」
脇道の奥に、装置がぎっしり詰め込まれた小部屋があった。
古ぼけた青い作業服を着た老人が座っている。
うなだれて、手をぶらりと下げて。
「死んでるのか?」
「大丈夫、ちょっと殴っただけだから」
「殴った?」
チョットマが、容赦なく男の頬を打った。
「ホトキン! 起きなさい!」
男が呻き声を上げた。
「起きろってんだよ! こら!」
チョットマはホトキンの耳元で叫んでから、さっと向き直るとまた抱きついてきた。
「お、おい」
「よかった! 本当によかった! うれしい!」
チョットマの目にたちまち涙が溢れ出した。
「うっうっ、よかった」
「チョットマ」
ホトキンは、まだ覚醒していないのか、呻きながら頭をゆるゆると振っている。
「ンドペキ! 会えて、本当に、ううっ、よかった!」
「ああ、俺もだ」
チョットマは肩を震わせて泣いた。
ンドペキは緑の髪を撫でた。
「チョットマ、おまえも無事でよかった!」
と、ホトキンが、目を上げた。
恨めしそうに見上げているが、危害を加える気配はない。
焦点が定まらないのか、目はうつろだ。
チョットマはホトキンから目を離さず、吐き捨てた。
「とんでもないやつ。こいつ。ライラの旦那様じゃなかったら、オーエンのところに連れて行く約束がなかったら、私、もっと」
と、ホトキンの顔をまた平手で打った。