205 どういう了見だい!
ライラの部屋は、プリブの部屋よりかなり広かった。
しかし、さらに雑多なもので溢れかえっている。
ライラがすっと背筋を伸ばした。
途端に顔つきまで若々しくなった。
部屋の中と外では自分の見せ方を変えているのかもしれない。
「この部屋は、街のあらゆる監視網から隔絶されている。安心して話せる」
勧められた椅子に座ると、チョットマは早速切り出した。
「ホトキンに会って、頼みたいことがあるんです。ご存知なんですか?」
「あたしゃ、嘘は言わないよ。商売柄さ。ホトキンは知っている」
よかった。
大前進だった。
チョットマは事情を話した。
バードを助けようとしていること、エーエージーエスで起きた出来事、そしてオーエンという声がホトキンを連れて来ることを条件としたことも。
そして、そうしなければパキトポークもスゥもバードも、あそこから出て来れないだろうことも。
「だから、ホトキンに会いたいんです。急を要するんです! バードさんは死にそうなんです!」
饒舌で話の腰を折ってばかりいたライラも、黙って最後まで聞いてくれた。
チョットマは期待を込めて、ライラの目を見つめた。
しかし、またもやはぐらかされてしまう。
「あんた、レイチェルがどこに行ったか、知らないかい」
チョットマは思わず肩を落とした。
「ん? どうしたんだい」
「だって」
「フン、年寄りの言うことはちゃんと聞くもんだ。自分の思い通りのペースでは、何事も動いていかないものさ」
チョットマは幾分憮然としたが、ライラをさらに見つめた。
レイチェルだと思われる女性を保護したことは話せない。
そんな気がした。
「それに、年寄りをバカにするもんじゃない」
「バカになんて、していません!」
「あっ!」
ライラの手が、チョットマの頬を打った。
「バカにしていないんだったら、隠し事をするな!」
「えっ」
「人にものを頼むときに、自分に都合のいいことだけしか話さない、ってのはどういう了見だい!」
「えっ……」
「それを、バカにしてるって言うんだよ! そんなことで、他人が動くとでも思っているのか! ふざけんじゃない!」
「……」
「部屋に入れてあげて、話を聞こうとした者に対する、それがあんたの態度か!」
「……」
「帰れ!」
チョットマは頬が高潮していた。
打たれたからではない。
ライラの言うとおりだったからだ。
ライラは立ち上がって、扉を乱暴に開けた。
「出て行け!」
チョットマは、聞き耳頭巾の布地を握り締めた。
「すみませんでした!」
そして、テーブルに手を突いて頭を下げた。
ライラが髪を掴んで引きずり出そうとする。
転んだチョットマは床に両手をついた。
「すみませんでした!」
「出て行け!」
「まことに申し訳ない! 私から話しましょう!」
フライングアイが飛び出した。
「フン!」
ライラは苛立って、フライングアイを叩き落とそうとする。
「あたしゃ、アギは嫌いなんだよ!」
フライングアイは、かろうじてライラの手をよけると、静かに言った。
「レイチェルの姿がないことは、私も聞いています」
ライラが、フウッーと息を吐き出した。
立ったままだが、一応は聞こうという気になったようだ。
扉をバタンと閉めた。
「私はイコマと申します。日本人です」
「フン!」
「レイチェルが今どこにいるのか、確かなことは分かりませんが、エーエージーエスから救出した女性がレイチェルだと思われます。そうだな、チョットマ」
涙が出てきた。
ライラを馬鹿にしたつもりは毛頭なかった。
しかし、相手を重んじる気持ちも思いやりもなかった、と知った。
自分の聞きたいことだけを聞こうという自分勝手な行動。
たしなめられて、それがよくわかった。
なんでも自分の思い通りになるとは思ってはいなかったが、そうならない場合は自分が未熟だからだ、と思っていた。
それは違う。
今、初めてわかった。
自分の未熟さはもちろんのこと、周囲の人に対する敬意もなかったのだ。
だから、成し遂げられなかったのだ。
己の愚かさが、これほど身に染みたことはなかった。
惨めだった。