204 サキュバスの庭
ライラが言った「頭を使え」
つまり、ここでは話せないからついて来い。
という意味だ。
ヘルシードを出て、兵士の姿がないところまで来ると、チョットマは詰め寄った。
「ホトキンのことを」
「気安く名前を呼ぶもんじゃないよ。こういうところで」
「でも、急いでるんです!」
「そりゃそうだろうよ。あんたみたいな子が、あんな店まで来るんだから」
老婆はどんどん歩いていく。
腰は曲がっているが、足取りは速い。
「あたしの家についてから」
エリアREFを奥へ奥へ。
ただ、プリブの部屋のあるエリアとは違うようだ。
「すぐだよ」
チョットマは聞き耳頭巾の布を頭から被り、ハクシュウの形見を服の上から撫でた。
魔法がかかっているとは思わなかったが、それでもこのふたつを身に着けていると心が強くなれるような気がした。
機械室。そう書かれた扉を開けた。
中は真っ暗で、油の臭いがした。
ライラが手元で小さな明かりを灯し、黒々と浮かび上がる鉄の塊の間を抜けていく。
「頭に気をつけて」
ライラがひとつの機械のハッチを開けた。
「入り口は狭いよ」
タラップを降りて、機械の底に降りた。
またひとつのハッチ。
「ここから先は、サキュバスの庭って呼ばれているエリア」
扉やハッチを開ける度に、暗証番号の入力や生体認証、同行者数の入力。
かなり厳重なセキュリティである。
きっと、スキャンもされているのだろう。
深い竪穴があった。
穴の壁に沿うようにして、螺旋状に階段が奈落まで続いている。
筒状の穴の幅は広く二十メートルほどもあり、フットライトが足元をぼんやり照らしている。
数十メートルほども降りたろうか。
「年寄りにはきついよ、ここは」
降り立ったところから、通路が伸びていた。
「サキュバスの庭へようこそ」
サキュバスの庭。
そこは地下深くに広がる狂気のプロムナード。
「心を病んだ者が、最後に降りてくる場所」
照明は灯っているが、ますます暗い。
重く湿った空気が淀んでいる。
しんとして、冷たい。
一本道の廊下には、誰が住んでいるのか、重厚な扉が続いている。
「滑りやすいから気をつけるんだよ」
足音がよく響いた。
「ところで、あんた。つけられてるね」
「えっ」
「途中で巻いたし、もしついて来ていても、ここまで降りては来れないさ」
あの刺客だ!
いったい……。
「気をつけるんだよ」
「はい……」
ライラの部屋は、その通路の一番奥だった。
通路はそこで行き止まりになり、突き当りには地下水脈が流れている。
水流はかなり激しく泡立っていて、水音が通路に満ちていた。
「洪水が不安だろ。でも、一度もあの水位から上昇したことはない。上流に巨大なダムでもあるんだろうさ。あるいは魔法がかかっているのかもしれないがね」
地下水脈から、ふわりと冷たい空気が流れてくる。
「おはいり」