202 え・ら・べ!
じりじりする思いで、影が浮き上がるのを待った。
万一撃ち損じたときに水中に引きずりこまれぬよう、一歩下がり、二歩下がり、接触戦に備えて、左手はネオ粒子サーベルを抜いた。
「会いたいって言うから」
水中から声が届く。
影は水面近くまで来ることはなく、そう呟くと深みに潜っていった。
「スゥが言ったことを、よく思い出しなさい」
という声を残して、影は見えなくなった。
水中のもあれは収まり、水面は鏡のような平穏に戻った。
ンドペキはその場に立ち尽くしたまま、長い間身じろぎしなかった。
男の声も、女の声も、二度と聞こえてこないと悟ると、冷静さを取り戻した。
ここで空洞に向かって銃を放てば、いずれは岩壁をぶち壊すことができるかもしれない。
しかし、それほどの衝撃を与えれば、この広間も無事ではいられまい。
天井が落ちて埋まってしまうかもしれない。
もちろん、あの声の主も黙ってはいまい。
岩壁をぶち破る前に、こちらが真っ二つだ。
ンドペキは男の声と、女の声が言ったことを正確に思い出そうとした。
選べるものは三つ。
そのどれかを手にするしか、残された道はない。
そして何が起きるのか……。
木、鉄、セラミックのプレート。
どれを取ればいいのか。
全くわからない。
水中の影が示唆したように、スゥが話したことを思い出そうとした。
魔法、魔物、化け物……、そういった言葉が断片的に記憶に残っている。
いろいろな危険の例を、面白おかしく話して……。
しかし、その話の中身は、どうしても思い出せない。
記憶にあるのは、生気を吸い取る化け物、という単語だけ。
水中の影が、スゥが話したことを思い出せと言ったのは、そもそもあのときの話なのか。
そのとき以外、スゥがこの話はしなかったように思うが。
クソ!
声の男が攻撃して来ないことは、もうわかっていた。
そのつもりなら、とっくに自分の体は真っ二つになっている。
このまま引き返そうとするなら、恐怖の装置を発動させるのかもしれないが、今のところ、なんの動きもない。
もう声を掛けてくることもない。
ンドペキは武器を下ろし、全身の筋肉を緊張から解放した。
単なる、戯言。
木であれ、鉄であれ、セラミックであれ、どの小片を取っても、なんらかの通路は開く。
そのうちどれかは出口に繋がる通路。
声の主は、こうやって悩み苦しむ者を見て、楽しんでいるだけではないのか。
しかしそれなら、わざわざ水中の影が、スゥの言ったことを思い出せなどと、言うはずがない。
いや、あの水中の影も、仕掛けのひとつなのだろうか。
もうひとつ、ンドペキを悩ませていることがあった。
思い始めていたのである。
あの黒い影は、JP01ではなかったか。
もう、私を忘れたか。
会いたいっていうから。
と、影は言った。
それは、とりもなおさず、JP01ではないか。
KC36632は、こちらの希望だけは伝えてくれたのではないか。
だから、JP01はここに来たのではないか。
もし、あの影がJP01であれば、その言葉には重みがある。
信用していいとさえ言える。
パリサイドは、チョットマとスミソを救ってくれた。
敵軍の動向やハクシュウやチョットマの消息を知らせてくれ、スジーウォンに急を知らせてくれもした。
だから、あの影が言うように、スゥの言ったことを思い出さねばならない。
しかし、全く思い出せないのだ。
いかに危険か、軽口のように挙げたてていた言葉が、それほど重要なものだとは思ってもみなかった。
あのときの言葉が後になって、というのはよくある話だが、まさかこんなことになろうとは。
呪いの板は二枚。
希望の板は一枚。
ひとつは木片、ひとつは鉄片、ひとつはセラミック片。
木片は夢を表し、鉄は血を表し、焼き物は時を表す。