197 イチジク
「あんたのような子が、雇ってくれという用でこんな店に来たわけじゃないだろ」
「はい。そうなんです」
チョットマは、これは案外、上手くいくかも、という気がしてきた。
「あの、ライラさん?」
「そうさ」
老婆はもう正面を向き、こちらを見ようともしない。
「あの、お願いがあって」
「そうだろうとも」
バーテンが、チョットマの目の前に、透き通った水色の飲み物をトンッと置いた。
「あんたのお願いとやらを聞く前に、あたしからも聞きたいことがあるよ」
バーテンが見つめている。
「なにか、食べる物を頼んでやりな。それがこの男の取り分なのさ」
「あ、じゃ、えーと」
「イチジクでも剥いておやり」
バーテンの目に喜びが灯り、小部屋に消えた。
「さあてと、スゥはどうしている」
「えっ、あ、お友達なんですか?」
ライラがなぜスゥのことを聞いたのか、わけが分からなかった。
チョットマは自分がまだ名乗っていなかったことに気がついた。
「友達? バカをいうんじゃないよ。あいつは敵」
「敵、ですか……」
スゥとライラがどんな争いをしているのだろう。
それはさておき、自己紹介しなければ。
「あの、私」
チョットマだというべきだろうか。
それとも、でまかせを言うべきだろうか。
が、ライラは、耳に顔を寄せてくると「ハクシュウ隊のチョットマ」とささやいた。
「はい……」
ふわりといい香りがした。
「それは通称かい。それにしてもあんたの親は、面白い名前を娘につけたんだね。古い日本語で言うと、少しだけ魔物ってことになるねえ。どうみてもあんたは、日本人には見えないけど」
「はあ……」
「で、どうなんだい」
「あの、スゥさんは今……」
話せば長くなる。
しかも、ライラとは敵だという。
ただ、聞かれた限りは答えなくてはいけない。
「エーエージーエスというところに閉じ込められています」
「ハッ! とうとうあいつも焼きが回ったか!」
老婆がさも面白そうに笑い、グラスの飲み物をぐいっとあおった。
「うはは! それは愉快!」
チョットマもグラスに口をつけた。
今まで飲んだどんなものより、おいしかった。
バーテンがガラスの器に載せた、赤い果物を持ってきた。
それは見たこともない果物で、ジュワリとした甘みがあった。
「うわ、おいしい」
バーテンが、ニッと笑った。
チョットマも少しだけ微笑を返した。