195 パパ様は、目のつかないところに
チョットマはヘルシードの扉を開いた。
思いのほか、中は明るかった。
薄暗くはあったが、暗い路地に比べると、まだ明かりというものがある。
なんと、音楽まで聞こえる。
絵も掛けられてある。
ものすごく賑やかな繁華街の絵。
TOKYOという文字が読めた。
エントランスを進むと、声が聞こえてきた。
突き当りにはゲート。
そこに、ふたりの男が待ち構えていた。
「被り物をお預かりします」
チョットマは緊張した。
こんな店に入ったことがない。
お酒を飲むところ、というくらいの知識しかない。
「えっ」
男が手を差し出した。
「当店では、お顔を見せない方のご入場はお断りしています」
「あっ」
「ですので、そのフードはお預けください」
「なっ」
男の手がフードに伸びた。
「いや!」
男は手を止め、
「では、お帰りください」と、顔を歪めた。
チョットマはあわてて、布地を取った。
「手に持っておきます」
男は肩をすくめたが、それ以上は言わなかった。
さあゲートを開けてくれるのかと思ったが、そうではなかった。
「武器の持ち込みも禁止です。お預け願えますか」
「えっ?」
武器を持ってはいない。
「胸に下げておられる、それを」
「は?」
チョットマはあわてて胸に手をやった。
「これ?」
胸にあるのは、フライングアイだ。
これが武器?
「それは古代の武器です」
「あっ」
ハクシュウからもらった十字の鋼板のことだ。
通路を歩くうちに完全にスキャニングされていたのだ。
さすがに今度は、手を出しては来ない。
女の胸に隠されているのだ。
「あ、いえ、これ、お守りなんですけど」
「武器のお持込はしていただけません」
「でも、大切な形見なので……」
チョットマは、自分の口から出た「形見」という言葉に、自分で驚いた。
ハクシュウは死んだ。
自分ではそう思っている……。
プリブがそう言ったときには、信じていなかったのに。
「……分かりました」
チョットマは、武器だというハクシュウの形見を首から外し、男の手に委ねた。
「フライングアイもお預けください」
「えっ、これは」
「パパかママ? そうでしょうとも。しかし、ここは保護者同伴で来るようなところではありません」
男はニコリともせずに、今度は手を出してくる。
チョットマは、店のその規定は理解できた。
ここで見聞きすることが、政府に筒抜けになることを恐れているのだ。
チョットマは、フライングアイを出して、パパに聞いた。
持っていることがばれているなら、隠していても意味はない。
「パパ、どうしよう」
パパが答える前に、それまで黙っていたもうひとりの男が声を掛けた。
「ゼットのジャンク品か。まあいい。お通ししろ」
途端にゲートが開く。
「ようこそお越しくださいました」
「でも、パパ様は一応、目のつかないところに」
店内は、思った以上に広く、天井も高かった。
磨き上げられた飴色の木製カウンターが延びている。
ボトルやグラスや様々な食器類、調理器具。
カップボードに並ぶ、異国の食器やボトルの数々。
美しくカットされたガラス扉。
それらにランプの光が当たって、きらめいていた。
フン、将軍様がお忍びで来る店だからね。そりゃ豪華でしょうよ。
心の中で言ってから、ライラらしき老婆はどこに、と見渡した。
「どうぞ、こちらへ」
ホール係が案内しようとする先を見て、チョットマは頷いた。
カウンターの最奥に、老婆がひとり腰掛けていた。