191 短剣が突き刺さっているのを見た
バーの名は「ヘルシーズ」
地獄の種。
夜の十時に店開き。
場所は、エリアREFの入り口近く。
老婆の名は「ライラ」
毎晩のように、ここに姿を見せるという。
私は悲しいエンジェル。
ううん。
エンジェルでもなんでもない。
天使ならハクシュウを救えたはず。
結局、私は何の役にもたってないよ。
だから私は、いつも補給係り。
隊のおまけみたいなもの。
もしかすると、お荷物。
最低よ。
気分も最低。
チョットマはプリブを説得し、自分は街をうろつき、情報を集める、つまり時間を潰すことを納得させた。
念のため、広場にも寄ってみる。
もしハクシュウが逃げ延びていたら。
あの迷路のような廊下を通ったり、不気味な兵士の前を通ることを思えば、プリブの部屋で帰りを待つほうがいいのかもしれない。
そうは思ったものの、言い出した限りは後に引けなくなってしまった。
それに万一、プリブが戻れなかった場合を考えると、あの部屋で待つことは、どうしても避けたかった。
ひとりでは二度と地上に戻れない。
本気でそう思った。
来たときと同じように、プリブと距離をおいて歩いた。
フライングアイはポケットに入れてある。
パパのたっての願いで、あのショールは被っている。
相変わらず、絶望の声が間断なく聞こえるが、来るときほど恐怖は感じなくなった。
一度経験済みだったし、なにより地上に戻れることが気持ちを楽にしていた。
装備や武器を、あのコウモリ男に預けたままだが、仕方がない。
エリアREFの入り口である最初のホールまで帰ってきた。
と、プリブが右側の廊下に入っていく。
すぐまた小さなホールがあり、そこを左に折れる。
「バーはこの先だ」
左側の最初の扉。
「ひとりで外に出られるな」
「大丈夫」
「じゃ、一時間おきに見に行く」
中央広場で待ち合わせ、と決めてある。
広場に長時間いることは不自然だ。
もうすでに、夜更けに近い。
「じゃ、最初の待ち合わせ時間は、零時半」
プリブがその廊下に入っていった。
照明もなく、非常に暗い。
チョットマは、それとなくプリブを見送ろうとした。
向こうから、ひとり誰かが近付いてくる。
全身黒尽くめで、フードを目深に被り、顔を隠している。
プリブはその人物をやり過ごし、ちらりと振り向いた。
殺気!
と、目の前で、青い光が一閃した。
その光の中に、プリブと男の姿が一瞬見えて、消えた。
「うああっ!」
閃光の中、プリブは弾き飛ばされ、壁に激突した。
プリブがやられた!
と思った瞬間、胸に強烈な一撃を感じた。
ぐっ。
刹那、相手の顔が間近に見えた。
輪郭は分からない。
赤い炎のような目。
やられた!
チョットマは自分の胸に、短剣が突き刺さっているのを見た。
と、敵は力を緩め、戸惑うようなそぶりを一瞬見せた。
くっ!
次の瞬間、敵の姿は消えた。
目の前が真っ白になっていく。
くそうっ!
おのれ!
く……。
男の姿はもうない。
倒れているはずのプリブの姿ももうない。
装備さえ身につけておれば……。
どぅ。
と、チョットマは仰向けに倒れ、背中をしたたかに打った。
意識が……、遠のいていく……。
ふと、頬に冷たいものを感じた。
ゆるゆると手を持っていく。
何かが触れて、指の間を掠めていった。
チョットマは、それを見た。




