187 悲しんでいる時間なんてない
平手で打たれた気がした。
「え……」
ハクシュウが軍に追われていたのは、もちろん理解していた。
しかし、隊長なら逃げおおせる。
そう、信じていた。
「プリブ……」
なんども深い息を吐いて、心を落ち着けようとした。
飲み物を口にした。
甘いバニラの香りがした。
「ねえプリブ、教えて。あの後、隊長がどうなったのか」
プリブは目を落として、指先を見つめている。
「君には言わないでおこうと思ってた。ふたりでこの作戦を成功させなければいけなくなったことを」
「!!」
「君がどんな反応をするか、分からなかったし」
驚きが退き始めると、体が震え始めた。
「俺達には、悲しんでいる時間なんてないから」
震えと共に、体の力が抜けていくのを感じた。
「どうして……」
「隊長が旋回して北に向かったとき、俺はあわてた。その方角に、かなりの数のマシンがたむろしているのに気づいてたから。それを知らせたが、返事がない。俺は、自力でそのマシンをひきつけて移動させようとした」
「……」
「しかし、間に合わなかった」
「……」
「隊長もマシンに気づいた。西に急旋回した。しかし、そうしたことによって、軍との距離が一気に縮まってしまった」
「……」
「俺は迷った。このまま、街に向かうか。隊長を援護するか」
「そんな」
「いや、聞いてくれ。命令に従うなら街に向かわなくてはいけない。しかし、俺にはできなかった。できることは何もないけど。俺は隊長を追った」
プリブの目に光るものがあった。
「運が悪いとしかいいようがなかった。前方に西部方面隊の一団がいたんだ」
「……」
「彼らも驚いただろう。大軍が迫ってくるんだから。彼らは戦闘隊形をとった。隊長に対してとった行動なのか、軍に対してとった行動なのか、分からない。たぶん、両方なんだろう」
プリブが涙を拭った。
「ごめん。みっともないところを見せてしまった」
「ううん。それで隊長は?」
聞かなくてもいい。
でも……。
「追いつめられた。隊長は攻撃しようとしなかった。人を相手に撃てるものじゃない。そして……」
チョットマの目にも涙が溢れていた。
プリブの指が伸び、その涙を拭った。
なされるがままにしていた。
「戦闘が始まった。先に攻撃したのは隊長を追っていた方の軍。でも……」
「……」
「その前に、隊長の姿はレーダーから消えていた」
「……」
「なぜか、それは分からない」
それは最も恐れていたこと。
システムによって消されたのだろうか。
「戦闘は一瞬で片がついた。西部方面隊は殲滅」
「そんなこと、どうでもいい! 隊長は!」