184 恐れおののいて暮らしている
「君の装備は、あの男が守ってくれるはずだ」
「あの男って、さっきの部屋の? 臭いコウモリ男?」
「ああ。今まで、あいつに物を預けて無くなったものはない」
「どうして預けなきゃいけなかったのよ」
「あの後、長い階段を下りただろ。スキャナーが仕込まれていて、下の兵隊達が見ているんだ」
もし、めぼしい武器や防具などがあれば、その場で没収されるし、通り抜けるのがかなり面倒なことになるという。
「俺が広場に行くのが遅くなったのは、袖の下が足りなかった、ってわけ」
普段は、兵士がいても、せいぜい一人か二人だという。
時にはいないこともあるらしい。
「それがどうだ。今日は、六人もいた。こんなの、初めてだ」
「あれ、どこの兵士?」
「マトかメルキトらしい」
「防衛軍の隊員?」
百年ほど前まで、防衛軍の兵はすべてマトかメルキトだったが、いよいよアンドロにも軍務を担わせるという評価が与えられたことがある。
そのとき、それまで防衛軍兵士だったマトやメルキトのうち、何割かがこのようなエリアの治安維持部隊に編入されたのである。
「編入といえば聞こえはいいけど、実態は解雇」
「ふうん。だから旧式なものを持ってたんだ」
ここが、どういうところか、これを聞かねば。
「一般的にはエリアREFと呼ばれている。昔の言い方なら、スラムということになるかな」
アンダーグラウンドさ、とプリブが笑った。
「実は、あの長い階段の上は、まだましな方」
「あれで? 私」
「もう、いいって。わかったから」
「怖かったんだから」
「はいはい。上は、政府の目もそれなりにある。でも、階段から下のエリアは無法地帯。この部屋含めてね」
「あ、そか。だからあそこに兵士が」
「そう。境界線。で、この下にはさらに広いエリアがあるらしい」
「どんな人が住んでるの? それとも、人じゃないとか?」
「人だよ。悪霊や妖怪や、場合によっちゃ悪魔まで住んでいるかもしれないけどね」
ほとんどがメルキトかマトだといった。
任務を帯びたアンドロが紛れ込んでいる噂もあるという。
「再生時にはミスがある。知ってるよね?」
「うん」
「失敗して、まともに外に出られなくなった人たちがほとんど。健康で体力があれば俺達みたいに軍に入ることもできる。それができなければ、どうする?」
「死ぬしかない。死んでもう一度再生する」
「だね。でも、人は自分で死ぬことなんてできないよ。だから、ここで死を待つことになる」
やはりここは恐ろしい世界なのだ、とチョットマは思った。
「死ぬのを待つための街……」
「本当は立派な人間。でも、いろんな理由で、街では自力で生きて行けない人。親もいないし、だれも面倒を見てくれない」
「そう……」
「みんな、ここに流れ着く。恐ろしかったかい?」
「そりゃあ」
「基本的に、彼らは危害を加えるような人じゃない。むしろ、恐れおののいて暮らしている」
もしここでしばらく滞在することになるのなら、すべてを聞いておかねば。
「じゃ、あんたはどうしてここに?」
「んー、それはちょっと説明しにくいな」
プリブは、仕事に必要だからとだけ言って、はぐらかしてしまった。
「さ、これでどうだ」
立派とはいえないまでも、それなりに個室化されたシャワーブースができていた。
「さ、使って。落ち着いたら、これからの作戦を考えよう」
「なにか、考えがあるのね」
「まあね」
プリブはすぐに背中を向けて、小さな機械に向かった。
ペチペチと、かすかな音が聞こえてきた。