182 恋の照り焼きはどんな味
チョットマとプリブは、あいかわらず暗い通路を下っていく。
「うわあ、ここやばくない?」
暑いというものではない。
噴き出た汗がたちまち背中を流れ出す。
からりとした熱ではなく、粘りつくような暑さ。
さすがに、このあたりに蹲っている者はいない。
扉の類もない。
人が住むようなところではないのだ。
チョットマを悩ませた気味の悪い声もほとんど聞こえなくなった。
「もう大丈夫。普通に話してもいいよ」
「いったい、ここはなに!」
「そういう話なら、部屋についてから」
「そんな! こんなに恐ろしい目にあってるのに!」
「ごめんね」
「もう、死にそうなんだから!」
「大げさな。慣れればいいことさ」
廊下の突き当たりに、比較的明るい空間が見えてきた。
「げえっ! ここって!」
まさか!
ゴミ焼却場の内部!
目の前には金属の橋が架かっている。
下にはおびただしいゴミが積もっていて、それが紅蓮の炎をあげている。
橋は華奢な金網状のもので、向こうの廊下まで四十メートルはある。
これを渡るというのか!
手すりもない!
もうだめ……。
熱気と臭気で眩暈が……。
「ごめん。履物を買って来ればよかったね。気が利かなくてごめん」
プリブが、背を向けた。
「素足じゃ無理だ。熱くて」
「うん、絶対に……」
「おぶさって」
「ええええっ!」
チョットマは息が止まりそうになった。
プリブが、さあ、と促している。
「で、で、でもっ」
他人に体を触れられた経験さえないのに、背負われるというのか。
髪を撫でられたときには、それほど嫌だとは思わなかったが、さすがに……。
「大丈夫。足元はしっかりしているから」
そういう問題じゃない!
人に素肌を見せたのも今日初めて。
それを、男の背に抱きつけと言うのだ。
「そのぼろ服……」
「ああ。見た目より清潔だよ」
「いやだ!」
プリブが振り向いた。
「困ったな」
押し問答を繰り返したが、後ろから足音が近づいてきて、チョットマは覚悟した。
「殺してやる!」
浮浪者の背に抱きついた。
プリブの手がチョットマの尻を支えた。
「呪ってやる! 絶対、呪ってやる!」
愚痴っては、興奮を紛らわした。
プリブの足取りはしっかりしていて、不安はなかった。
橋の半ばまで来たとき、プリブが言った。
「恋の照り焼きだね」
くだらないことを!
でも、冗談には受けてやらねば。
チョットマにも余裕が出てきた。
「それ、どんな味?」
「そうだな……、君がかじったリンゴのような味かな」
えっ、それって。
もしかして、告白?
「えっ、そ、そお?」
妙な受け答えになってしまった。
こんな熱くて臭いところで告白するって、どういう神経!
それに、だいたい私、あんたの顔も思い浮かばないよ。
先ほどまで見ていたあんたの顔、本当の顔ではないんでしょ。
変装の名人なんだから。
「なんど消火液を掛けても、そのときは鎮火しても、すぐにまた燃え始めるんだ」
「……そうなの」
まさか、あんたの恋が?
「これだけ燃えるということは、どこかから酸素が供給されているからだろう。煙の抜け道もあると思うんだけど」
あんたこそ、そんな話は部屋に着いてからすればいいじゃない!
「なんでもいいから、さっさと渡れ!」