173 扉の向こうにいる者は、人ではないかも
薄汚い浮浪者が前を行く。
不自然すぎて、並んで歩くわけにはいかない。
夕焼けにシルエットとなった浮浪者の髪が、オレンジ色に光っていた。
「チョットマがいてくれて、本当にホッとしたよ」
「へへ。私も」
チョットマは、パパと会ったときと同じように、胸の中が温かくなった。
仲間と会うことがこんなにうれしく、安心できて、心強いことかと改めて思った。
ぼろを着たプリブについてチョットマが向かったのは、来たことのない地区だった。
路地が入り組み、ゴミが散乱している。
水溜りには得体不明の液体が浮かび、刺激のある臭いが立ち込めていた。
路地を幾度も曲がり、ひとつの小さなビルに入っていく。
集合住宅のようだが、相当に古い建物で、人が住んでいるかどうかも怪しい。
玄関を抜けてしばらく廊下を進むと、ゴミだらけの小ホールがあり、奥に向かって三つの廊下が伸びていた。
小さなビルだと思ったが、内部は他の建物と連続しているようで、廊下はかなり先まで続いているようだ。
人が住んでいないどころか、ホールにも廊下にも、多くの人が所在無げに佇んでいた。
蹲っている者も多い。
冷たい床に体を横たえている者もいる。
どれもぼろを纏って、痩せこけ、汚れた顔をしている。
チョットマは目のやり場に困った。
誰もがじっとこちらを見ていたのだ。
しかも、その目はどれもうつろで、悪意を秘めているように感じた。
「さっきのショールを被れ。顔を隠したほうがいい」
プリブはホールから伸びる中央の廊下を進んでいく。
チョットマは、あの紫がかった布を頭から被った。
ぐ。
途端に、眩暈がした。
まずいかも。
しかし、プリブは先へ先へと歩いていく。
左に折れ、右へ折れ、中庭に出かたと思うと階段を下り、ますます細い廊下に入る。
そしてさらに階段を降りていく。
チョットマはプリブと一定の間隔をあけてついていったが、すぐに方角も距離感も分からなくなった。
廊下や階段の壁は、コンクリートや石や金属でできていて、つぎはぎだらけ。
増築を重ねたのか、めちゃくちゃな構成。
床も、石畳があるかと思えば、コンクリートであったり腐った木であったりする。
天井も同じようなもの。
しかも、それらはかなり古い時代に作られたもので、腐食したり錆びていたり、ねっとりとしたものに覆われていたりして、不潔な臭いを発していた。
所々に照明はあるが、どれも古色蒼然としたランプで、かすかな黄色い光が明るくなったり暗くなったり。
いつ消えてもおかしくない有様。
たくさんの扉が並んでいるが、鉄製の頑丈そうなものがあるかと思えば、腐りきった木の扉もある。
その扉の向こうにいる者は、人ではないかも、と思わせるものばかりだった。
「ねえ、パパ」
パパは何も答えてくれなかった。