172 今度は、浮浪者
チョットマは、パパからたくさんの話を聞いた。
バードのこと。
パパがバードと一緒に住んていたときのこと。
そしてユウというパパの恋人のことも。
目を見張るようなことばかり。
六百年前の世界って、そんなに素敵だったんだ。
それに比べて、自分には何も話すことがない。
それでもチョットマは幸せな気分になれた。
「ねえ、パパ」
「ん?」
「どうしてアギになったの?」
「どうって……」
少し黙ってからパパは教えてくれた。
自分はアギになり、バードはマトになり、一緒にユウを探そうとしたのだと。
「私も協力する」
パパの力になりたいと思った。
「なんにもできないけど」
そのとき、「お嬢さん」という声がした。
声のした方を見ると、少し離れたところにひとり、男が立っている。
見るからに薄汚い。
くたびれた大きな黒い布袋。
中によれよれの毛布が覗いていた。
またか。
今度は、浮浪者。
こんなところに座っていると、やたらと声を掛けられる。
チョットマは黙って立ちがると、布地とフライングアイを懐に押し込み、装備の入った大きな包みを抱き上げた。
「あっ、ちょっと」
と、いう声を無視して、振り向かずに歩き出した。
とはいえ、行くあてもない。
バザールでは片付けがあらかた終わり、人の数はめっきり少なくなっている。
チョットマは広場を横切り、通りを歩いていった。
その辺りをぐるっと回って、また広場の真ん中に戻るつもり。
でも、目立つだろうな。
少なくとも布地屋さんの店はもうない。
オベリスクの周辺はがらんとして、ゴミだけが散乱している。
「チョットマ」
という声がした。
振り返ると、さっきの浮浪者が近付いてくる。
「俺だ。プリブ」
「……」
「信用しろ」
「……」
「歩きながら話そう。先に行ってくれ」
「……う」
「俺がプリブだという証拠は、こうだ」
え?
「ホトキンを探す、これが俺たちの使命。どうだ、いいか?」
やっとプリブに会えた!
跳び上がるくらいにうれしかったが、プリブの声に緊張感がある。
「遅くなって悪かった」
「ほんとうにもう! かなりビビッてたんだから」
「だろうな」
「でも、会えてよかった」
「待ち合わせ場所に近づくのに、苦労したよ」
「どうして?」
「いろいろとな。おまえ、その格好、なかなか可愛いじゃないか」
「そお? でもプリブも、なにも浮浪者の格好までしなくても」
「事情があってな。さあ、作戦を本格的に開始しよう」
「うん」
「君のパパにも聞いてくれないか。ホトキンってやつのこと」
パパは何も応えない。
プリブはあっさり、じゃ、俺の部屋で作戦を練ろうと、追い抜いていった。
「部屋って、それ、まずいんじゃない?」
「秘密の別宅。まずは、そこへ」
「浮浪者に別宅なんてあるの?」
「おいおい」