171 全然すごくない
光の柱が、今は宇宙空間の生産農場と地上を結ぶパイプラインであることは、チョットマでも知っている。
非常に大切なもの。
世界中に今ある光の柱は六十七。
それぞれの街ごとにある。
日本の光の柱が廃棄されたときには、イコマは驚愕半分、喜び半分だったものだ。
ユウが永遠に帰ってこないのではないかという恐れと、もしかすると、退役という形で戻ってくるのではないかと期待もしたものだ。
だが、結局、ユウは帰って来なかった。
すべてが、それきりだった。
再びユウの行方が分からなくなってからの自分は、今思えば狂人の一歩手前だったのではないか。
当時もアヤと一緒に住んでいたが、ほとんど記憶がない。
年老いたイコマと、初老のアヤ。
楽しかった思い出も、うれしかった思い出も、何もないのだ。
「ね、パパ。光の柱の守り神って、なに?」
「今は、いないのかな」
イコマも実はよくわからない。
ユウが女神と呼ばれるようになってから、会ったのはただの一度きり。
しかも、まるで夢の中の出来事のような一瞬だけ。
ゆっくり話をしたわけでもない。
死にかけたイコマの脳裏に浮かんだ幻。
そんな再会だった。
「ねえ、チョットマ」
「なあに」
「聞き耳頭巾って、お話、知ってるかい」
「ううん」
知らなくて当然である。日本の昔話。
でも、アヤのことを話すとき、この話は避けて通れない。
「バードはね、その聞き耳頭巾の使い手だったんだよ」
聞き耳頭巾は、木々や鳥の声を聞き分けることができる道具。
稀には、石の話も聞けるし、妖怪の声さえ理解できる。
「へえ!」
「心を静かにして、その頭巾を被って、じっと心を澄ますんだ。そうしたら、鳥のさえずりの意味が理解できるようになるんだよ」
「すごい!」
「誰にでも、できることじゃない。特定の、というか特に感受性が鋭くて素直で、自然の生物に同化することのできる精神を持った人だけが、聞き耳頭巾を使うことができる」
「へえ! すごい人なんだね」
「まあね」
「今もその聞き耳頭巾を使ってるのかな」
「さあ。もうあれから六百年。頭巾そのものは、そのときすでに数百年は経ってるみたいだったから、もうボロボロになって、なくなってしまったんじゃないかな」
アヤは、大人になってから、頭巾を使わなくなっていた。
頭巾を被らなくても、鳥の声や木々の声を理解できるようになっていたからだ。
「どうなったんだろうね。あの頭巾。記憶にないんだ。大切に保管していたはずなんだけど」
「さっき買った布も、鳥の声がって、言ってたよね」
「ああ。もしかするかも、だね」
「パパはすごいんだ」
「ん?」
「だって、パパの恋人は光の柱の女神で、娘は聞き耳頭巾の使い手で、鳥や木の話が聞ける」
「すごいのは僕じゃない。僕はただのでくの坊」
「ううん。違う。パパもすごい」
イコマは素直にうれしかった。
つたない表現だが、チョットマらしい言葉。
「それに引き換え、私は頭が弱いし」
「いいや。チョットマもすごい」
「どうして?」
「君のように、相手を穏やかな気分にさせる人はいない」
「全然すごくないよ、そんなこと」
「ううん。あのね、人を怒らせることは簡単だろ。でも、人を楽しませたり、穏やかな気分にさせることは難しい」
「うーん」
「人に何か物をあげる。そしたら相手は喜ぶ。でも、喜ばせるのと楽しませるのは別。楽しませるのはとても難しい。穏やかな気分にさせるのはさらに難しい。いくら、楽しんでくださいとか、穏やかな気分でいてくださいって何度言っても、はいそうします、ってならないだろ。それは、誰にでもできることじゃない」
「うーん」
「チョットマだけができる、素晴らしい技。技というより、君の存在そのもの。だから、チョットマもすごいのさ」
「よくわからないけど……」
イコマは、チョットマを心から愛おしいと思う。
昏睡状態のアヤの顔。
チョットマの困惑気味の笑顔。
見比べながら、一抹の寂しさを覚えた。
「ねえ、チョットマ」
「なに?」
「期限が来ても、僕の娘でいてくれないかな」
早ければ三ヶ月後には、保護者の交替時期が来る。
そうなれば、チョットマにとって会いにくることは義務ではなくなり、他の誰かと会うことが義務付けられる。
イコマは、もちろん! と、チョットマが言ってくれることを期待した。
「わ! ずるい!」
「え?」
「だって、それ、私が言いたかったこと!」
「そうか! うれしいよ!」
「でもね、私、なぜか記憶容量が小さいんだ。でも、パパのことは絶対に絶対に、覚えておく。そして今みたいに、パパ!って遊びに来る!」
この項に出てくるキョウトの山奥の村の殺人事件は、別の作品として公開(完結)しています。
タイトルの「ノブ、ずるいやん」で検索していただくとヒットします。
ニューキーツのようなSFではありませんが、ファンタジーの要素を含んだ推理小説です。
生駒や優、綾が主人公で、聞き耳頭巾が重要な役割を果たしますので、ニューキーツと関連した部分のある小説です。
あわせてお読みいただくと幸いです。