170 年齢が離れていたから
思考体は二つあるといっても、元はひとつの思考を共有している。
こちらはアヤの傍にいて悲しみ、こちらでチョットマと楽しいおしゃべりをする、というような芸当はできない。
しかしイコマは、何とかしてチョットマの気を紛らわしてやりたいとも思っていた。
他の話なら、難しかっただろう。
しかしチョットマは、アヤのことを聞きたがった。
それなら、担架に横たわったアヤの傍にいながらでも話ができる。
イコマは、アヤが実の娘ではなく、彼女が中学校に上がるときに引き取って、一緒に暮らしていたことを説明した。
「前にも話したかな。昔、ニッポンという国があってね。もう今は汚染された小さな島が点々と浮かんでいるだけだけど。その国にキョウトやオオサカという街があった」
チョットマに、そんな知識はない。
彼女だけではない。
アギはともかく、マトやメルキトでも覚えている者は、もうほとんどいないだろう。
「キョウトの山奥に小さな村があった」
「うん」
「そこで僕は仕事をしていた。これも前に言ったことがあると思うけど、建物を設計する仕事だよ」
「うん」
「ところが、その村で殺人事件が起きたんだ」
イコマはまだその事件のことをよく記憶している。
悲しい結末の事件だった。
「巻き込まれてしまったんだ」
「へえ!」
「僕なりに、その事件を解決しようとした。そのときにバードと出会って、親しくなったんだ。まだ小学生だった」
「ふうん。でも、どうして引き取ったの? というか、それ、どういう意味?」
「事件の後、彼女はひとりぼっちになってしまったんだ。山奥の村に彼女を置いておく気になれなくて、一緒に住むことにしたんだ」
あっさり説明するが、そんなニュアンスだけ伝わればいい。
「パパひとりで、バードさんを育てたの?」
「いや、そのとき、僕はある女性が好きだった。一緒に暮らしていたんだ。昔の言い方でいうと、半同棲っていう感じだね。ユウという人だよ」
チョットマに家族はいない。
両親の生死はおろか、名前さえ知らない。
肉親とか、身内とかの概念もない。
今やこの世界では、親が子供を育てることさえ稀なのだ。
イコマは、ここは丁寧に説明した。
「ふうん、そういうのって楽しい?」
「そりゃそうさ」
とはいえ、自分も偉そうには言えない。
イコマ自身、とうとう結婚することはなかったし、子供を持つこともなかった。
ただ、アヤを自分の娘と呼ぶことに、どんな違和感もなかっただけのことである。
「じゃ、好きだったユウさんとは、どうして結婚しなかったの?」
「それはね」
こんな質問に答えるのは、もう六百年来なかったことである。
当時、友人から、なぜユウと結婚しないのか、とよく詰め寄られたものだった。
あの頃を思い出し、無性に懐かしかった。
「説明するのは難しいな」
自分でもよくわからなくなっていた。
当時は、歳が離れていてユウを幸せにすることができないから、と理由をつけていた。
しかし、本当にそれは正しかったのだろうか。
ユウを愛していた。
これは自信を持って言える。
だからといって、その「愛していた」が免罪符になるはずもない。
結果的に、ユウを不幸にしてしまったのではないか、と思い続けてきた。
今、自分は、ユウと再会するためだけに生きている。
彼女を探し出すことが、自分が正気を保つ源。
しかしこれは、チョットマに話すことではない。
現時点ではチョットマが、自分の愛情を注ぐべき娘。
「年齢が離れていたからね」
と、ごまかすしかなかった。
「ふうん。じゃ今、ユウさんはどうしてるの?」
「それが……、行方不明……」
「ええっ」
ユウは、いつのまにか家を出て行った。
イコマは自分を責め続けた。
長い年月が流れ、ついにアヤがユウを見つけ出した。
居場所が分かっただけで安心したし、穏やかな気持ちになることもできた。
たとえ手の届かないところであっても。
「最後にユウを見たのは、どこだと思う?」
「分からないよ」
「光の柱の守り神になっていたんだ」
「うえっ、すごい!」
「この街の光の柱じゃないよ。ニッポンのね」




