表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/325

170 年齢が離れていたから

 思考体は二つあるといっても、元はひとつの思考を共有している。


 こちらはアヤの傍にいて悲しみ、こちらでチョットマと楽しいおしゃべりをする、というような芸当はできない。

 しかしイコマは、何とかしてチョットマの気を紛らわしてやりたいとも思っていた。



 他の話なら、難しかっただろう。

 しかしチョットマは、アヤのことを聞きたがった。

 それなら、担架に横たわったアヤの傍にいながらでも話ができる。



 イコマは、アヤが実の娘ではなく、彼女が中学校に上がるときに引き取って、一緒に暮らしていたことを説明した。


「前にも話したかな。昔、ニッポンという国があってね。もう今は汚染された小さな島が点々と浮かんでいるだけだけど。その国にキョウトやオオサカという街があった」


 チョットマに、そんな知識はない。

 彼女だけではない。

 アギはともかく、マトやメルキトでも覚えている者は、もうほとんどいないだろう。


「キョウトの山奥に小さな村があった」

「うん」

「そこで僕は仕事をしていた。これも前に言ったことがあると思うけど、建物を設計する仕事だよ」

「うん」

「ところが、その村で殺人事件が起きたんだ」




 イコマはまだその事件のことをよく記憶している。

 悲しい結末の事件だった。


「巻き込まれてしまったんだ」

「へえ!」

「僕なりに、その事件を解決しようとした。そのときにバードと出会って、親しくなったんだ。まだ小学生だった」

「ふうん。でも、どうして引き取ったの? というか、それ、どういう意味?」

「事件の後、彼女はひとりぼっちになってしまったんだ。山奥の村に彼女を置いておく気になれなくて、一緒に住むことにしたんだ」

 あっさり説明するが、そんなニュアンスだけ伝わればいい。


「パパひとりで、バードさんを育てたの?」

「いや、そのとき、僕はある女性が好きだった。一緒に暮らしていたんだ。昔の言い方でいうと、半同棲っていう感じだね。ユウという人だよ」


 チョットマに家族はいない。

 両親の生死はおろか、名前さえ知らない。

 肉親とか、身内とかの概念もない。

 今やこの世界では、親が子供を育てることさえ稀なのだ。

 イコマは、ここは丁寧に説明した。




「ふうん、そういうのって楽しい?」

「そりゃそうさ」

 とはいえ、自分も偉そうには言えない。


 イコマ自身、とうとう結婚することはなかったし、子供を持つこともなかった。

 ただ、アヤを自分の娘と呼ぶことに、どんな違和感もなかっただけのことである。



「じゃ、好きだったユウさんとは、どうして結婚しなかったの?」

「それはね」


 こんな質問に答えるのは、もう六百年来なかったことである。

 当時、友人から、なぜユウと結婚しないのか、とよく詰め寄られたものだった。

 あの頃を思い出し、無性に懐かしかった。


「説明するのは難しいな」




 自分でもよくわからなくなっていた。

 当時は、歳が離れていてユウを幸せにすることができないから、と理由をつけていた。


 しかし、本当にそれは正しかったのだろうか。

 ユウを愛していた。

 これは自信を持って言える。


 だからといって、その「愛していた」が免罪符になるはずもない。

 結果的に、ユウを不幸にしてしまったのではないか、と思い続けてきた。


 今、自分は、ユウと再会するためだけに生きている。

 彼女を探し出すことが、自分が正気を保つ源。


 しかしこれは、チョットマに話すことではない。

 現時点ではチョットマが、自分の愛情を注ぐべき娘。


「年齢が離れていたからね」

 と、ごまかすしかなかった。




「ふうん。じゃ今、ユウさんはどうしてるの?」

「それが……、行方不明……」

「ええっ」


 ユウは、いつのまにか家を出て行った。

 イコマは自分を責め続けた。


 長い年月が流れ、ついにアヤがユウを見つけ出した。

 居場所が分かっただけで安心したし、穏やかな気持ちになることもできた。

 たとえ手の届かないところであっても。



「最後にユウを見たのは、どこだと思う?」

「分からないよ」

「光の柱の守り神になっていたんだ」

「うえっ、すごい!」

「この街の光の柱じゃないよ。ニッポンのね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ