169 親孝行するんだよ
「そういう格好も、なかなか洒落ているじゃないか」
「パパ?」
「変態ピンクトカゲのミイラって、いくらなんでも失礼だよね」
「わっ! パパと会えた!」
「もう一枚、買ったら? 装甲を包むために」
「よかった!」
「シッ!」
あわてて周りを見回したが、誰も気にする様子はない。
「うれしい!」
チョットマは、手を伸ばしてフライングアイを懐に入れた。
「サービスがいいじゃないか」
「変なことを言わないで」
地獄に仏。
チョットマはうれしくて仕方がなかった。
「もう一枚、布地、買いに行こ」
「その前に」
フライングアイがささやいた。
「バードが見つかった」
「やった! じゃ、こっちも頑張ってホトキンってやつを連れて行かなきゃね」
「そういうこと!」
チョットマは、リンゴを買ったり、ソーダー水を買ったり、自分でもどうかしていたと気づいた。
フル装備の兵士がすることではない。
やはり、それだけ心細かったのだ。
本来の待ち人のハクシュウやプリブが姿を見せない。
もしや、という気持ちを封印していた。
もし自分ひとりだったら、どうすればいいのか。
そう思うと、リンゴでもかじって気持ちを紛らわすしかなかったのだ。
「ねえ、パパ」
「うん?」
「どうすればいい?」
脱いだものと武器を布地に包み込み、それを抱えた。
「ここにいてもいいと思う?」
パパは、ハクシュウが軍に追われて西に向かったという。
「もう陽が落ちる。いつまでもここでリンゴを食ってるわけにはいかないな」
チョットマは、手近な食料を買い求めた。
家に帰れないとなれば、一旦城門を出て、野営する必要があるかもしれない。
「しかし、まだここを動くわけにはいかないね」
「うん。ハクシュウとプリブが」
「もう少し待とう。その後どうするか、そのときになって考えよう」
パパはいつもより、かなり口数が少ない。
心配だ。
バードの容態がかなり悪いのではないか。
何もできない自分がそれをストレートに聞いていいものか。
しかし、聞かないこともどれだけ失礼になるか、と思い直した。
「バードさん、どんな具合? 大丈夫?」
「ん、ああ、息を吹き返した」
「よかった!」
とは言ったものの、ということは、容態はかなり悪いということ。
チョットマはパパとおしゃべりをしていたかった。
でも、こんなときに話しかけてもいいものだろうか。
思考体は別々なので話はできるだろうが、パパは負担に思わないだろうか。
「ねえ、パパ」
「ん?」
「話しかけてもいい?」
「もちろん。どんなときでも、娘が父親に話しかけて悪いときなんてないよ」
「よかった」
バザールは、片付けを始めていた。
陽は落ち、茜色はまだ空に残っているものの、これが祭の後の寂しさ。
冷たい空気が広場に漂い始めている。
「来ないね」
「ああ」
布地屋の女が近づいてきた。
「これ、売れ残りなんだけど、安くしておくよ。ちょっと短いけど、ショールにどうだい」
紫がかった布で、金属的な光沢がある。
「うーん。いいです。もう持てないし」
女は残念そうに、広げて見せた布地を畳みかけた。
「そうかい。今日仕入れたばかりで、いいものだと思うんだけどね。なんでも、鳥の声を聞けるっていう代物だよ」
そのとき、突然パパが声をあげた。
「もう一度、見せてくれ!」
女も驚いたが、チョットマも驚いた。
パパが懐から飛び出してきた。
「あれ、パパと一緒だったんだね」
女は、さも珍しいという目で、チョットマとフライングアイを見た。
チョットマはわけが分からなかったが、パパのために買おうと思った。
「それ、やっぱりいただきます!」
「そうかい!」
女はうれしそうにカードをスキャンすると、振り返りながら行ってしまった。
「親孝行するんだよ」と、言いながら。
「パパ……」
フライングアイは布地の上に止まって、じっとその布を見つめていた。
「ねえ、パパ」
「……ん?」
心ここにあらず。
「今、バードさん、運んでるの?」
「……そう」
「容態、良くないの?」
「……かなり……」
「……」
こういうときに掛ける言葉を知らなかった。
パパの神経はすべてバードに注がれている。
レスポンスが悪く、応えるのも辛そうだった。