167 はかない息遣い
チョットマが中央広場で目を丸くしていたころ。
スゥがうつぶせに倒れている女の頭をそっと動かした。
顔が見えるように。
「アヤ!」
イコマは叫んだ。
声が響き、チューブに吸い込まれていく。
「アヤ!」
目を閉じていた。
血の気のない顔。
周りにはおびただしい血の痕。
「アヤ!」
スゥが叫んだ。
「死んじゃだめだ!」
パキトポークも飛んできた。
スゥが手早く脈を取る。
「ううぅ、こんなになって……」
スゥがアヤの胸に顔を寄せた。
「脈が! 呼吸も!」
パキトポークが、エーイーディーを取り出した。
パットにケーブルを繋ぐももどかしく、スイッチを押した。
「よし、いいぞ。間に合った」
スゥが体の損傷を調べ始めた。
「順調だ。間に合ってよかった」
スゥが、ハッと息を呑んだのが分かった。
「どうした」
「脚が」
照らし出された足を見て、イコマも意識が飛びそうになった。
「かなり出血している」
すでに切り口は乾いていて、血が赤黒くこびりついていた。
「動かすとまた出血する。縛るしか手はないな」
パキトポークがアヤの脛をあらわにし、その付け根を縛った。
「アヤちゃん、大丈夫よ、しっかりしてね」
その間ずっと、スゥが話しかけてやる。
イコマは呆然とアヤの顔を見つめ続けるしかない。
「アヤ! 助けに来たよ! イコマだよ!」
と、言い続けるしか、してやれることはなかった。
パキトポークとスゥが手早く、ここでできる処置を施している。
イコマは、自分が周囲を警戒しなくては、と思いながらもアヤの顔を見ていることしかできなかった。
かろうじて一命は取り留めた。
一刻も早く、治療が行える場所に移さねばならない。
しかし、あの出入り口はあまりに遠い。
イコマは闇に向かって叫んだ。
「オーエン! 聞いてくれ! ここは巨大ハドロンコライダーの中だな! それならメンテナンス用の出入り口がたくさんあるはずだ! どこか、開けてくれ!」
フライングアイの声は小さいが、チューブにこだましていく。
聞こえていないはずはない。
「オーエン!」
こだまは、チューブを渡って消えていく。
「オーエン! エーエージーエスを束ねる科学者オーエン!」
むなしく何度も呼び続けた。
「すでに、ハクシュウが街に向かっている!」
チューブはこだまを吸い取ると、すぐにまた冷たい静けさが覆う。
パキトポークが、簡易担架を取り出した。
「これで運ぶしかないな」
衰弱の度合いが高く、背負子では体力が持たない。
「オーエン! 頼む!」
「そっと移そう」
担架に横たわったアヤは、ピクリとも動かない。
血の気のない頬に、涙の跡があった。
ボンベから送り込まれてくる酸素を吸ってはいるが、息ははかなく、今にも止まりそうだ。
ガチャガチャという音に、スゥが光を向けた。
「何?」
パキトポークが装甲を外そうとしていた。