164 ちっ、どうするのこれ!
城門の少し手前でチョットマは速度を緩めた。
昨日まで、普通にしていた行動に、こんなに緊張するとは思ってもみなかった。
衛兵の詰め所や、城壁の上をそれとなく注目したが、特段の変化はない。
いつもどおりだ。
城門を出入りする他の隊の兵士達も普段どおり。
いよいよ城門をくぐる、というときになっても誰に見られているわけでもない。
城門を駆け抜けた。
街に入ると歩き出した。
意識してゆっくりと。
いつもなら東部方面隊の詰所に向かう。
城門のすぐ近くにあり、政府から提供されている建物。
そこに人数分のロッカーがあり、着替えるのだ。
しかし、今日はやめておいた方がいい。
誰が帰ってきたか、政府に筒抜けだ。
仕方がない。
武装したままでいよう。
街中での武装は、本来は禁止だが、咎められることはほとんどない。
もし呼び止められても、「今後気をつけます」といえば、それ以上責められることはない。
街並みを抜けていく。
街もいつもどおり。
自分の部屋はもちろん、隊員の家がある通りは避けながら、中央広場に向かった。
防衛隊や治安部隊の姿が見えると、それとなく脇道へそれて。
わ! なにこれ!
中央広場では、バザールが開かれていた。
ちっ、どうするのこれ!
雑踏が周りの街路にまではみ出していた。
普段の中央広場は、いくつかの飲食店が軒を並べていて、あちこちに人だかりはあるものの、比較的閑散としている。
待ち合わせにはもってこいの場所なのに。
ところが今日は。
所狭しと並べられた屋台。
その間を抜けながら、広場の中央に建っているオベリスクに向かう。
大丈夫かな。来てくれるかな。
かろうじて真ん中のモニュメントの周りに屋台はない。
案外、この方が都合がいいかも。
閑散とした広場で長時間立っていれば、いやでも人目につく。
その点、今日のような雑踏なら、目立つことはない。
だれも気づきやしない。
チョットマはオベリスクの基壇部にたどり着くと、腰をおろした。
私、今、青春?
それとも、まだ子供?
ほろほろとする思い出も何もない。
あのころは、なんて楽しく思い出すこと、何もない。
あるのは、荒野を駆け巡るシーンだけ。
親の顔も知らなければ、通称のチョットマではない本当の名前さえ知らないし。
もしかして、これが本名?
どうしてこんな変な名前にしたんだろ。
だから、友達いない?
友達っていえるのは、サリだけ。
そう、ハイスクールの時も。
私はひとりぼっち。
正体の分からない不安だけが、心に溜まっていた。
きっと泣いてばかりいたんだと思う。
なぜか夕日を見ると寂しくなる。
誰でもいいから、迎えに来て。
馴染めない白い部屋で、そんなことばかり考えてたんだと思う。
ハクシュウやンドペキがいうように、私、再生なんかされていないのかもしれない。
だからなにも知らないのかも。
だから友達も作れないのかも。
ハクシュウは知ってたんだ。
見てくれていたんだ。
それはうれしい。
でも、そんなこと、見てくれてたって、私の寂しさが薄らぐわけでもないよ。
もっと……。
もっと……。
もっと、私、どうして欲しいの?
自分でもよくわからない……。
こんなところで遊んだ記憶ないなあ。
普通の女の子がするように、友達と連れ立って買い物をしたり、カフェでお茶を飲んだり、屋台を冷やかして回ったりしたこともない。
考えてみたことさえなかった。
ンドペキや他のメンバーと一緒に、荒地を駆け回ることだけが私の日常のすべてだった。
屋台で何か探してみたい?
目の前には、きれいな布地を売っている屋台がある。
その隣には異国の工芸品などを売る店が客を集めている。
そんな店を眺めながら、自分に問いかけてみたが、答が出るはずもない。
やっぱり関心ないみたい。
自分で答えて、チョットマは少しがっかりした。
ンドペキは今頃どうしているだろう。
また、そう思ってしまう。
洞窟の中の涼しいところに陣取って、レモンティーでも飲んでるのかも。
うらやましいわけではない。
自分の心の中にいる人は、数人しかいないのだということが、少し寂しかった。
さっきまで、もしかすると死ぬかも、と思っていた。
でも、いつのまにかその恐怖は、どこかに行ってしまい、霧散してしまっていた。
なんとなく、ハクシュウは無事に逃げおおせて、そのうち「待ったか」なんて言いながら、肩を叩かれるような気がした。