158 助、けて、くれ、たの、私、だけ?
目はまだ閉じたままだったが、女は時折かすかな唸り声をあげていた。
医務隊員とシルバックが付き添っていた。
「容態は?」
「かなり良くなってきました。時々、体を少し動かしています」
ンドペキは、先ほどと同じように、呼びかけてみた。
「レイチェル! ンドペキだ! しっかりしろ!」
突然、女がパッと目を開いた。
焦点が定まらないようで、視線をさまよわせている。
ンドペキはグローブを外し、手を握った。
「具合はどうだ」
女の目が、すっとンドペキに向いた。
そして、口を開いた。
「あ」
ンドペキは、もう一方の手で、女の額を撫でた。
「あ」
そしてこめかみのあたりを撫でた。
「無理して喋らなくていいぞ」
女の視線が完全にンドペキを捉えた。
そして、握った手を握り返してきた。
「安心しろ。ここは安全だ」
女の瞳が揺らめいた。
「話したくなったら、話せ。俺はずっとここにいる」
そのまま、女とンドペキは見つめ合ったまま、かなり長い時間を過ごした。
そしてとうとう、女が口を開いた。
「ン、ドペ、キ、なの、ね」
「そうだ」
「よ、か、た」
ンドペキは大きく頷いた。
「か、ら、だ……、起こ、して」
ンドペキは医務隊員を見た。
隊員が頷いた。
ンドペキは女の体の下に腕を入れた。
「よし。おまえは力を入れるな。俺の腕に体を預けるんだ」
「は、い」
シルバックが、女の頭を支えた。
「ゆっくり、ゆっくり。だめだと思ったらすぐに言うんだ」
「はい」
体を起こした女の背に、毛布を詰め込んで、体を支えた。
「どうだ。痛いところはないか」
「だい、じょ、ぶ」
ンドペキは小さな安堵の息を吐きだした。
救い出せた実感がやっと湧いてきた。
「水を」と、隊員が持ってくる。
ンドペキは再び女の手をとった。
「よ、か、った」
女はゆっくり手を挙げ、自分の鼻に手をやった。
酸素吸入のためのチューブが取り付けられてある。
そして、包帯にくるまれた頬に手を当てた。
点滴用チューブが刺さっている腕を見た。
女が水を飲み終えるのを待って、ンドペキは聞いた。
「おまえの名は?」
女は、すこし微笑んだ。
「レイチェル」
そして、分かってなかったの? と言いたげな目をした。
目元がうっすら赤くなった。
ンドペキは今度は、大きく息を吐き出した。
やはりレイチェル。
それなら、聞きたいことが山ほどある。
はやる気持ちを抑えて、握っていた手を離し、レイチェルの手の甲をぽんぽんと叩いた。
笑顔を作って、レイチェルの気持ちを落着かせようとした。
「ここ、ど、こ?」
「俺達の本部。街からかなり離れている。ある洞窟の中だ」
「俺、達? 東部、方面、隊、って、こと?」
「そうだ」
レイチェルは大きく吐息をつくと、また、「よ、かった」と言った。
レイチェルの目元がほころんでいた。
それを見て、ンドペキは、話は後回しにしようと思った。
おまえのせいで俺は消去されそうになり、そのおかげで部隊全体が窮地に陥っているという話は。
レイチェルは死にかけ、やっと今意識を取り戻したばかり。
骨が削り取られるほどの怪我をして。
そして、心から安心したように、静かに呼吸している。
瞳を覗き込むと、うれしそうに見つめ返してくる。
まず、レイチェルが話したいこと、なぜあそこに倒れていたのか、そして、なぜこんな大怪我をしたのかを聞いてやるのが順序というもの。
ンドペキはレイチェルの次の言葉を待った。
「ありがとう」
「ああ」
「助、けて、くれ、たの、私、だけ?」
「そうだ」
レイチェルが目を閉じた。
「もう、ひとり、助、けて、ほし、かった……」
「今、向かっている」
レイチェルの目元に喜びが広がっていく。
「……よかった」
「もうひとりの名前は?」
「バード」
「大丈夫だ」
レイチェルが頷いた。




