157 もし、もし、そしてもし
やってきた女性隊員はシルバック。
よりによって。
介護とか介助にもっともふさわしくない女性隊員、とは思ったが、入り口の一番近くにいた、それだけのことだろう。
いや、コリネルスの人を見る目が確かなのかもしれない。
攻撃力の高いシルバックにここにいさせるのはもったいない。
現に不服そうな様子。
いつかの時点でジルに交代させよう。
シルバックが、一旦包帯やリペアパッチを解いて、くまなく女の全身に触れてみたが、発信機が取り付けられているかどうか、わからないということだった。
身に着けていたものからも、なにも見つからなかった。
もし、発信機が取り付けられていても、ここからはどんな電波も届くまい。
かなり深い洞窟の中である。
頭の上には厚い岩盤がある。
しかし、発信機が常時モニタリングされていたとしたら、洞窟の入り口は特定される。
ンドペキはその可能性をコリネルスに伝えた。
しかし、だからといって、警備を強化すること以外、打つ手はない。
コリネルスとはすでに話をつけてある。
四交替制でいこうと。
六時間後に、今は寝ている隊員を叩き起こして、交替任務につかせる。
それまで、自分も体を休めておくことだ。
しかし、眠る気になれない。
ハクシュウもパキトポークもスジーウォンもコリネルスも、一睡もしないまま、外で作戦行動についている。
自分だけが、毛布に包まるわけにはいかなかった。
この状況を招いた自分だけが。
もし、荒地軍が襲来したときの最善の策は。
もし、スジーウォンから別の入り口を見つけたと連絡が入ったら。
もし、スジーウォンが荒地軍に襲われたら。
そしてもし。
ハクシュウが、スジーウォンが、パキトポークが一日経っても戻らなかったら。
そんなことを考えながら、瞑想の間に来た。
「異常はないか」
水辺を警戒している兵士はふたり。いずれも自分の隊員。
「ありません!」
ンドペキは水の流れを覗き込んだ。
ゆっくりと流れている。
方向からすれば、大広間の水系がここに繋がっているのだろう。
相変わらず水は黒々と透き通っていて、底は見えない。
もし、この地下水系から、イルカのような動物が大挙して上陸してくればどうすればいいのか。
数頭を殺せば、恐れをなして逃げていくだろうか。
それがもし、殺傷のために作られた生物なら、殺しても殺しても襲ってくるだろう。
やつらに、恐れという感情はない。
この程度の広さなら、防戦はかなり難しいかもしれない。
奥行きがない。
最初から武器を水際に向けて並べておいたほうがいいかもしれない。
ンドペキは、隊員にそうするよう命じた。
「大広間の方にも、伝えておけ」
瞑想の間の奥に黒い口を開けている、洞窟最奥部へ至る通路。
狭く、天井も低い。
崩れ落ちた砕石が積もっている。
スゥによれば、この先には恐ろしいモノが住んでおり、さらにその先には長い通路が続き、別の出入り口があるという。
冷たい風がかすかに流れてきたことに気づいた。
ということは、どこかで地上に繋がっている。
行ってみるべきだろうか。
スゥが言った、いざというときが近づいているのかもしれない。
別の入り口を知っておくのは、実施している作戦に有効かもしれない。
荒地軍と戦闘になったときにも、背後から挟み撃ちにできるかもしれないし、万一のときは、そこから脱出できるかもしれない。
いつ何時、政府軍、あるいは荒地軍が洞窟の入り口に殺到してきてもおかしくない状況。
非常時の避難経路として確認しておくべきだろうか。
そして、もしその出口が街に少しでも近いところなら、何かと便利なこともあるかもしれない。
ンドペキは迷った。
自分が持ち場を離れるわけにはいかない。
かといって、恐ろしいモノがいるというところに、部下だけを差し向けるのも現時点では無責任な気がした。
いや、行かせるとしたら、誰が良いか。
どんな装備を持たせるのがよいか。
考えておいても無駄ではない。
連絡が入った。
「すぐに来てください! 女の意識が回復しそうです!」