156 俺だ! 目を覚ませ!
ハクシュウ達が出て行ってから、ンドペキがまずやったこと。
洞窟の入り口やその周辺の警戒はコリネルスに任せるとして、大広間と瞑想の間の水際に監視要員を置いたこと。
その他の隊員には睡眠をとるように命じた。
そして、女を見舞った。
頭部、目から下、肩から胸に掛けて包帯が巻かれていた。
手も足にもリペアパッチが痛々しい。
「どうだ、容態は」
医務隊員が肩をすくめた。
「変わりはないですね」
ンドペキは目だけしか見えない女の寝顔を眺めた。
目元は、見れば見るほど、レイチェルではないか。
「怪我の部位を説明します」
「ああ」
「両肘の骨が露出しています。その骨自体も硬いもので何度も擦ったように、表面が削り取られていました」
「肘の骨?」
隊員が、自分の肘で示した。
「内側の尖った部分です」
「うむ」
「それから両膝も。こちらもかなり大き擦傷があります。それから顎の下辺り。これも何度も何度も硬いものに擦られたような傷です」
「うむ」
「出血は完全に止まっています。骨は折れていません」
「意識が戻る可能性は」
「あるでしょうね。一時は危篤かと思いましたが、生命力は思った以上にあるようです。回復しても、しばらく歩けないし、腕や脚にも添え木が必要でしょう」
ンドペキにしてみれば、この女に特別な感情はない。
むしろ、もしこれがレイチェルなら、言いたいことがある。
あんたのおかげで、こんなことになったんだ。
しかし、スゥの言うとおりなら、レイチェルには何の落ち度もない。
すべてはレイチェルに対抗する連中の仕業ということ。
意識は戻って欲しい。
そうすれば何かが分かる。
そして今の事態を快方に向かわせる手がかりも得られるだろう。
「今は、見ているだけしかできないんだな」
「意識がなくても、脳は動いていますよ」
耳は音を聞いているし、それを脳に送っています。
それを処理する力がないだけです。
あるいは、処理できても表現する力がないだけ、ということもあります。
「なるほど」
「声を掛けたら反応するってことは、よくあることです」
医務隊員は、暗に、声を掛けてみたらどうか、と勧めている。
しかし、どう声をかければいいのか。
「あなたが、この人をレイチェルだと思っているなら、そう呼びかけてみたらどうですか」
「うむ」
「私は、何度も何度も、レイチェルと言ってみたり、バードと呼んでみたり。でも、私の声では全く反応がありません」
「そうなのか……」
ンドペキは、女の枕元に座って、耳元で言ってみた。
「レイチェル。分かるか。ンドペキだ」
大きな声で。
「レイチェル。もう大丈夫だぞ。俺はンドペキだ」
手を女の目元に添え、さらに大きな声で。
「レイチェル。レイチェル! ンドペキだ。目を覚ませ! 起きるんだ!」
反応はない。
「だめだな」
「そんなことはないですよ。効き目はバッチリです」
「ん?」
「脈拍が少しですが上がりました。血圧もかなり低かったんですが、上がってきました。わずか、コンマ1という程度ですが」
「なんだ、それだけか」
「ここには機器がないので、なんともいえませんが、きっと脳の動きもあなたの声に反応していますよ」
しばらく様子を見ていたが、相変わらず意識は戻らない。
「また来る。よろしく頼む」
ンドペキは部屋を出たところで、
「ちょっと、出て来い」と、隊員を呼んだ。
急に不安が湧いた。
「あの女、発信機なんかは持っていないよな」
「あっ」
「持ち物は、施設の中でスジーウォンが調べたきりだ。見落としている可能性もある」
隊員はしまった、という顔をした。
「持っていなくても、どこかに取り付けられている可能性もある。調べろ」
隊員は唸った。
「でも、ここにはそんなスキャナーなんかありません」
「体に触れて、それらしき痕跡がないかどうか」
「えっ、それを私がするんですか」
「君しかいないだろ」
「でも、ちょっとそれは」
ンドペキは今洞窟の中にいる隊員の中で、女性がいないかと頭をめぐらした。
自分の隊員の中にはいない。
ハクシュウの隊員の中にも。
小部屋で寝ている隊員を起こした。
「洞窟を出て、コリネルスに会え。そして、誰か女性隊員と交替しろ。女性隊員にはすぐにここに来るように伝えろ」
事情を伝えて、隊員を送り出した。