151 出立前の武者震い
食事と休息の二時間はあっという間に過ぎていった。
チョットマはハクシュウに呼ばれ、簡単な打ち合わせをした。
街に向かうのはいいが、その後のことは政府の動きによる。ケースバイケースだ。
「街に近づいたら、ばらばらに行動しよう。チョットマ、おまえがまず一番に城門をくぐれ」
最初の命令はたったこれだけだった。
ハクシュウが、号令を下した。
「では、そろそろいくか」
大広間にはすでに、出立する隊員、そしてそれを見送る隊員達が集結していた。
「今後の連絡は、原則的に行わない。必要があれば、人が移動して伝える。この洞窟を探知されないようにだ。しかし、緊急の場合は、この限りではない」
ハクシュウが実際的な訓話をしている。
訓話と言うより、最後の指示だ。
「それぞれの隊の中での情報伝達は、それぞれのリーダーが臨機応変にやってくれ」
チョットマは、出立前にこれほど武者震いする作戦をこれまで経験したことがなかった。
他の隊員も多かれ少なかれ、そのような気分なのだろう。
まだマスクもヘッダーもつけていない隊員達の中には、緊張した面持ちの顔がいくつもあった。
「残念ながら、女はまだ目覚めない」
ハクシュウの指示が続いている。
「あの女が誰であっても、目覚めてから街に帰りたいなどと言っても、絶対にここから出すな」
ンドペキが頷いている。
「今回の複合作戦の本部は、ここだ。最終的な判断を下す必要があれば、ンドペキに指示を仰げ」
各リーダーが頷いた。
さっきの会議でもハクシュウはそう言った。
それを再び口にしたことで、チョットマは不安になった。
まさか、ハクシュウは自分の身に何かあることを想定し、暗に、隊員達に覚悟を決めるよう促しているのではないか。
思わず身震いがした。
それが恐怖からくる震えでないことを祈った。
「では、健闘を祈る」
静かに言って、ハクシュウがいきなり走り出した。
チョットマとプリブが後を追う。
スジーウォン率いるパキトポーク援護隊、コリネルス率いる周辺警備隊が続いて洞窟を飛び出した。
洞窟の周りに展開していた隊員達が手を振った。
三名を代表する形でチョットマが手を振り返した。
すでに、太陽は高く上り、真上に差し掛かっている。
暑くもなく寒くもなく、穏やかな風が吹いている。
思えば、シリー川の会談は、わずか二日前。
もうずいぶん前のことのように思える。
いろいろなことがあった。
ンドペキやハクシュウがあの施設の階段を飛ぶように駆け上ってきたのは、今朝のことだが、それさえも、ずいぶん前の出来事のように感じられた。
チョットマは上空を仰いだ。
パリサイドの姿はない。
まだ、荒地軍はそのあたりに駐屯しているだろう。
遭遇すれば、まずいことになる。
逃げるしかないのだが、昨日のように上手くいくだろうか。
それはスジーウォンの部隊でも、コリネルスの部隊でも同じこと。
戦うには数が違いすぎる。
それに、人を撃つことに慣れていない自分達。
チョットマは、荒地軍に遭遇しないように祈りながら、ハクシュウの後ろをひた走った。
「一息入れよう」
ハクシュウが立ち止まったのは、昨日のあの窪地だった。
あの時はパパがいたが、今はチューブの中。
経過時間を考えれば、もう目を覚ましているだろうか。
「ここから先、身を隠すところはほとんどない。気合で突き進むしかないぞ」
「はい!」
「さっきも言ったように、もし敵に会ったら、逃げるにしかず。相手がいつものマシンであっても、荒地軍であっても」
「はい」
「相手が荒地軍で、手に負えないと判断したときは、バラバラに逃げる。そのタイミングは俺が決める」
「はい」
「誰かに万一のことがあっても、諦めるな。俺達三人のうち、誰かひとりでも街に戻り、ホトキンを見つけ出し、あそこに連れて行くんだ。いいな」
立ち止まったままの休憩だ。
チョットマは、ハクシュウとはぐれるようなことになりませんように、と思った。