149 エーエージーエス
チューブの中では、女が倒れていた地点に到達した。
「ここからが本番だ」
スゥとパキトポークのふたり。
今にも自分が真っ二つに切り裂かれるかもしれない殺人装置の中。
暗闇の中を、明かりを頼りに死体を確認していく。
点々と転がっている死体の数は、奥に進むほど多くなり、確認はなかなか進まない。
生きていて欲しい、そう祈るだけ。
もう一つのフライングアイ。
街を出て、北に向かった。
チョットマにしがみついているときと違って、スピードはかなり遅い。
それでも、ジャンク品。
公認機種に乗っているより距離は稼げる。
窪地までの道のりはモニタリングしてある。
迷うことはない。
なんとしても早く、スゥのいう洞窟に到達したい。
助け出したのはレイチェル。
そう、ンドペキが言ったそうだが、それがアヤなのかもしれないのだ。
可能性がある以上、自分の目で確かめなくては。
そして、もしそれがレイチェルだったとしたら、アヤの消息について情報が得られるだろう。
アヤが姿を消したのは、レイチェルがなんからの処置にサインをしたからなのだから。
フライングアイは砂埃を蹴立てて走っている兵士を見れば、その都度その兵士を確認した。
ハクシュウ隊の誰か、あるいはハクシュウその人ではないかと。
パキトポークの話では、早晩、ホトキンを捜すべく、誰かが街に戻る。
その使者に、情報を与えて欲しい、と頼まれている。
イコマは、あの地下施設、チューブについて調べ始めていた。
エーエージーエス。
そしてあの声、オーエン。
ホトキンという人物。
チューブについては、すぐにわかった。
数百年前に建造された超大型の加速器。
それまでの常識を覆す規模のハドロンコライダーで、直径百数十キロのリング。
このメインリングに直径二十数キロから三百数十キロの大小のサブリングを四つ備えている。
この加速器によって、量子力学は大いに進歩し、物質の成り立ちが明らかにされただけでなく、宇宙の理解も進んだ。
科学にとって特筆すべき発見も多く、これによって、様々な人工的な物質が作り出されるもとになった。
その成果のひとつは、物質を運ぶことのできる物質が生成可能になったことだ。
これによって、宇宙空間に浮かぶ生産基地と地球上を結ぶ物流革命が生まれた。
最大の成果。
異次元の存在が確認されたことである。
人類が住むこの次元とは別の次元が、それこそ無数にあることが証明され、そのいくつかにアプローチする方法さえも見つかった。
まさに異次元への入り口となる扉が開発されたのである。
現在、その扉は大いに活用されている。
アンドロが住むエリアは別の次元にあるし、マトやメルキトが死んだときには、その地点に次元の扉を生成することができる。
しかし、エーエージーエスそのものは、巨額な維持費があだとなり、稼動を中止してしまった。
もし実験を続けていれば、人類が自由に行き来できる次元を発見できたかもしれないし、そんな次元を人間の手で作り出せたかもしれない。
あるいは、宇宙空間の移動もほとんどエネルギーを使わず、しかも瞬時に可能となったかも知れない。
また、意思や記憶を持った物質を作り出せたかもしれない。
そんな物質ができれば、特別な加工を施さずとも、その物質で作られたものは、周りで起きたことを記憶し続ける。
例えば、スプーンは持ち主が食べた料理を記憶し続けるだろうし、建物の外壁は目の前を通り過ぎた人間の顔を記憶し続けるだろう。
それが、稼動部分を持つ機械なら、自分の意思で動き続けるかもしれない。
実は、巨額の維持費研究費があだとなっただけでなく、新たに生み出されるかもしれない成果に、社会がひるんだという面もある。
エーエージーエスは、数々の成果を生み出しつつあったが、現役のまま、封印されたのだった。
そして、施設の総責任者、エーエージーエスの主ともいえる存在が、オーエンという男だと知った。
エーエージーエスが最後の運転を終えたときの研究組織の長。
自らも素粒子学の世界的な権威であり、数千名に及ぶ研究者群を率いていた人物である。
エーエージーエスが封印されてからの消息について、情報はない。
しかし、あの声は、自ら名乗った通り、オーエンだと思って間違いないだろう。
その後の情報がないことが、逆にその証左になる。
一方、ホトキンという人物については、どこを探しても見つからない。
オーエン率いる研究者群にもその名はない。
すでに探偵にも委託している。
この男を探し出し、なんとしてでもエーエージーエスに連れて行かねば。
しかしなぜ、オーエンはこの男を寄越せと要求したのだろう。
弟子と言ったそうだが、それは何を意味するのか。