15 リキュールのうしろめたさ
「ねえ、ンドペキ」
チョットマは、スマートモードで声を掛けた。
特定の人物と話すときに使うモード。
かなり遠いところにいても通信可能だ。
相手がハイスコープを装着していないと使用できないが、繋がるかもしれない。
「どうした」
そっけない返事がきた。
声が少しざらついている。
チョットマの心の痣が、また少し大きくなった。
「人は、部屋の中で死んだら、再生される?」
再生はされる。
完ぺきに政府の監視網を逃れることができるなら話は別だが、どんなジャンクショップに行っても、それほど高性能な通信遮断素材は売られていない。
どの部屋もどの店も、ハイスペックシェルタなどと銘打った製品を使用しているが、そんなものは本当は役には立っていない。
遮断できるのは、可視光線とその周辺の波長の光、そして数デシベル以上の音、汎用周波数の電波だけ。
現に、兵士が使う通常の通信は、どのモードであれ、自分の部屋にいようが、レストランのプライベートルームにいようが、どこにいても繋がる。
そんなことくらい、知っている。
ただ、ンドペキ、あなたと話したかっただけ。
「おいおい、何を言い出すのかと思ったら」
声が流れてくる。
鼻にかかった少し高い声。
小さな蜂の羽音のような。
夕方になる前のけだるい午後を、もっとやるせない気分に変えてしまうような声。
でもチョットマは感じる。
戸棚の奥にしまいこまれたリキュールを盗み飲みしたときのような気分になる。
甘くて、怖くて。
少し後ろめたいような。
「当たり前じゃないか。俺達は、死ねないんだよ。たとえ、本人が死にたくなっても」
チョットマはンドペキの生の声を聞いたことがない。
聞くのは常に、一度はデジタルになった声。たまに、マイクから直接、電波に乗った声。
本当の声は、どんなだろう。
「自殺したら、恐ろしい刑罰、あるんだよね」
雑談でもいいから、ンドペキの声を聞いていたかった。
「通称、悪魔の海と言われてるな」
蜂の羽音で解説してくれる。
「気を失うほどの痛みが全身を間断なく襲ってくる。そして、人は我慢できず数秒後に死ぬ。しかし、一秒も待たずに再生され、たちまちまた痛みのために死ぬ」
「うん」
「それが永遠と繰り返される。そんなとんでもない液体が詰まったタンクに放り込まれる。それにその刑罰は、何十年も続くんだ。終わりのない永遠かもしれないけどね」
なぜ、自殺という行為がそれほどの悪なのか、チョットマにはわからなかった。
一昔前の宗教の影響らしいのだが、生死さえ自分で決められないようでは、自由なんて無いのも同然ではないか、と思うのだった。
「詳しくは知らない。その刑罰が実際に行われているのか、いないのか。だれも経験者がいないからね」
そういってンドペキが、久しぶりに笑い声を聞かせてくれた。
小さな、でもしっとりした「音」だった。




