148 事態は切迫している
「僕は捜索と救出を最優先したい。そのためにするべきことがたくさんある。君の演説など、聞いている暇はない!」
ハワードが身を乗り出してきた。
「それは私も同じです!」
「じゃ、なんだ!」
「なぜ今、私が、あんなことを話したのか、あなたは全く考えようとしなかった。私が伝えたかったことは」
「あぁん?」
「あなたも、知っていることを話して欲しい、ということです!」
「なんだぁ?」
「あなたのフライングアイは、東部方面攻撃隊と行動を共にしている。彼女を救い出すために。そうですね!」
ハワードの表情がみるみるうちに、穏やかになっていく。
一瞬、激昂しかかったアンドロの精神が、たちまち均衡を保とうとするかのように。
イコマはこのとき、ハワードが何を言いたいのか分かった。
「なのに、あなたは、その情報を私に教えてくれない」
教えたくはない。
彼に伝えたことは、あるいは、ここで話したことは、政府に筒抜けになっているかもしれない。
「あなたと同じように、私も彼女を何とか助けたいと思っています。今、救出隊がどんな状況なのか、知らなければ私も手の打ちようがありません。もし状況がわかれば、私にも何らかのことができるかもしれない。でも、知らなければ、闇雲に無関係なことを調べて回るしかないのです!」
ハワードの言うとおりだ。
しかし、どうしても情報を伝えることはできない。
怖かった。誰かに聞かれていることが。
そして、ハワードの体に何らかの細工が施されていることが。
ハワードが深い溜息をついた。
「あなたが恐れておられることは、よく理解できます。では、こうしましょう。私は今から城門を出ます。そして、街の外でキュートモードで話しましょう。その意味はわかりますか?」
アンドロがキュートモードを使えるとは。
もっと言えば、そんな言葉を知っていること自体が驚きだった。
しかも、城門の外で話そうと言う。
アンドロが、自分の持ち場を離れて、街に出ることも稀だが、城門を出るとなれば前代未聞のことではないか。
イコマは迷った。
この男は本気なのか。
本気でアヤを助けようと思っているのか。
以前は、信用できる男だと感じたこともあったが、ここまで危険を冒すと言われたことによって、逆に不審の芽も膨らみ始める。
しかし、もしこの男が本気でアヤを愛しているのなら、己の疑心暗鬼によって、アヤを救出できる可能性を狭めてしまうかもしれない。
「私を信用してください」
「君はそれでいいのか。街を出る。許されているのか」
「そのような規定はありません。アンドロには持ち場を離れるという思考そのものがありません。想定されていないのです。私は彼女と出会うことによって多くの感情を得ました。多くの可能性に気づくようになりました。そして、この世界の一端を知るようになりました」
「……」
「正直に言いますと、私も死ぬことは怖い。でも、その恐怖心は自分でコントロールできるつもりです」
イコマは、腹を決めた。
この男に……。
「すまなかった。君を信用しよう。しかし、街の外で人に会って話すことなど、君達の習慣にはない。人目を引く。危険が増すだけじゃないのか」
「……」
「頼みがある」
「はい」
「さっき、君が言った実験装置はエーエージーエスという。それに関連する人物、オーエンとは誰か。その弟子のホトキンにはどうしたら会えるか、これを調べてくれないか。その理由は聞かないで欲しい」
ハワードが頷いた。
「君が言うように、本当は街角や街の外で話す方が安全かもしれない。しかしあいにく、僕の思考体は出払っていて、しばらく戻れない。ここで話すしか、当面、手がない」
「分かりました」
「さっきの頼み事、分かっても分からなくても、二時間おきくらいにアクセスしてくれないか。事態は切迫している」