147 君は何を言いに来たんだ
ハワードの説明が続く。
「その実験装置なんですが、人類が行き来できない別の次元に行くための、ある種の扉を開くものといわれています」
覚えている。
実験目的は、微粒子を正面衝突させ、そこに生まれる素粒子の実態を掴むと同時に、衝突時に生成される完全なる真空、つまり別次元への扉を観察することだったと記憶している。
「その実験は大成功だったといわれているそうです。そこで生まれた理論によって、私達が住む別の次元への行き来が可能になったと」
世界の生産と政治の中核をなす施設群。
それらは、汚染され危険に満ちた地球の見慣れた地表にではなく、新しく見つかった次元に移行した。
アンドロが居住する、もっといえば、アンドロの社会が形成されるきっかけになったということになる。
「ご存知かもしれませんが、この次元の地表で失われた命はどこに行くか。いや、失礼、命を失った肉体です」
人が死ねば再生される。
しかし、命のない物体としての肉体は、数時間以内に消えてなくなる。
それがどういう仕組みで行われているか、イコマは知らなかった。
正しく言えば、アギである自分には興味がなかった。
「その人物が死んだ位置が特定されると、そこに次元の扉を開くのです。そして、肉体、衣服、持ち物すべてが別次元に移動しようとする力が働きます。だから、死体は放置しておくように決められているのです」
「うむ」
「しかし、実際は移動できません。次元の隙間に落ち込んでしまうのです」
次元の隙間。
そこはどんな物質も存在できない場所だといわれている。
存在そのものがない、完全なる無の空間。
「その空間を飛び越えることができるように設計されたのがアンドロです。地表で死んだ人の体は、その隙間に捨てられ、新しく一から肉体が組成されるのです。言い方を変えれば、再生ではないのです。新たに作られるのですから」
「なるほど、再生ではないわけか。死体はその次元の隙間に放り込まれて処分される、と」
「おっしゃるとおりです。いうまでもないことですが、次元の扉は目に見えるものではありません。ですから人は、死ねば肉体は何らかの仕掛けを使ってどこかに運ばれ、作り直されて、息を吹き込まれて再生するのだと考えています。しかし、それは間違いなのです。膨大なエネルギーと素材を使って、新たに作り出されているのです」
ハワードよ。
この話は、どこに行くつくのか。
「ちなみにアンドロの抹消は、また別です。マトやメルキトと違って、捕捉され、破壊されるのです」
それは知らなかった。
マトやメルキトと同じように、強制死亡措置が採られるのだと思っていた。
ん?
ということは、ハワードはまだ捕まらずにいるということだ。
なぜ?
「私が言いたかったのは、マトやメルキトは延々と生きながらえている人類だと思われていますが、実は違うということです。その都度作られ、記憶を吹き込まれた人なのです。つまり、私達アンドロと同じなのです」
解説はまだ続く。
「では、なぜ今だにマトやメルキトが製造されているのか。六百年前の誓約があるから? それもあります。でも、ホメムとしてはやはり自分達の祖先であるマトは生きていて欲しいし、その子孫であるメルキトにも生きていて欲しいからです。この世の中がアンドロだけでは嫌なのです」
イコマは、とうとうハワードの本音が出たか、と思った。
しかし、アンドロは相手の心情などに思いをいたさない生き物。
悪気ではなく、そのような感性がないだけ。
「君は何を言いたいんだ」
「彼女は生きています。根拠はありませんが、私はそう確信しています。彼女はマト。私はアンドロ。私は彼女を愛しています。そのことを分かっていただきたいのです」
イコマは、またしても無性に腹立たしくなってきた。
脈絡のないそんな演説や、告白や、宣言めいたことを聞いている暇はない。
一刻も早く、パキトポークが言ったように、あの施設からアヤを、そしてふたりが帰還できるよう、オーエンやホトキンのことを調べなくてはいけない。
「新しい知識を得ました」
ハワードが言うには、強制死亡も再生も、レイチェルの一存で行われることがあるらしい。
そのときには、リストに載らない場合があるということだった。
「それで?」
「いえ、情報はそこまでです」
サリの場合は、それではないかと言いたいのかもしれない。
しかし、もうサリのこともどうでもいい。
「君は何を言いに来たんだ」
イコマはまた、ハワードを当てにはできないと思った。
ハワードはアンドロ。
思考が偏っている。
状況を判断し、優先順位をつけて行動する。
そんな、普通の人間がとる行動はできない。
彼らはあくまで、特定の目的のために作られた「人」という生物。
「もう、話がないなら、帰ってくれ」
と、ハワードの表情が変わった。
「その言い方はないでしょう!」
今までの柔和な顔から、怒りの形相を剥き出しにした。