144 デリカシーはないさ
ハクシュウが細かい指示を出し、各自が与えられた任務を反芻していた。
「さて、前夜祭といくか。食事の時間は二時間。早く終った者は休んでいい。二時間後にすべての作戦を開始する」
そして自分の隊員に指示を出した。
「入り口を固めている連中と交替しろ! おまえ達の食事は後だ!」
ンドペキは食事を摂りながら、自分の隊員達に、これまでのことを詫びた。
誰もが、心が晴れたような顔をした。
「皆に謝るのが遅くなった。心配をかけてしまった。本当にすまなかった」
あえて口にする者はいなかったが、隊員達の心に、今まで以上の絆が生まれているのを感じた。
もちろん、自分自身の中にも。
やがてチョットマが聞いてきた。
「さっきのことなんですけど」
チョットマはハイスクールから出てきたところをスカウトされた隊員である。
そのとき、チョットマは街のことを全く知らなかった。
「普通は、記憶がかなり失われていても、少しぐらいは知っているものなんだ。たとえこの街に再生されるのが初めてでもね」
マトやメルキトは、再生後に使う名前や生まれる街をあらかじめ指定しておける。
生まれる年齢も。
人によって、改めてハイスクールに行きたい者もいるし、社会人として再生されたい者もいる。
つまり、ハイスクールの卒業生だからといって、再生の経験がないとはいえない。
しかしチョットマは、右も左も分からないばかりか、通貨も見たことがなければ、市民と兵士との区別さえつかなかったのである。
「お金は世界共通。それなのにおまえ、コインひとつも見たことがないと言ったんだ」
「そう?」
「それに、おまえはな、ハイスクールの前で大声で泣いていたんだ。そんなやつ、普通、いないぞ」
「ええっ! うそ!」
「おまえの記憶、どうなってるんだ? ハイスクール卒業後のこともどんどん忘れてるだろ」
「……そう。私、だから失敗作かなって」
「でもおまえは、それに代わるものを持っている」
「そうなんですか? なんですか、それ?」
「自分で考えろ。おまえの一番いいところだ」
スカウトの日。
その年は、二人取るつもりだった。
「俺とハクシュウで見にいったんだ」
スカウトは二日間に渡って行われる。
一日目にハイスクールから出てくる者は、成績下位の者。
二日目が上位者。
出てくる卒業生は、ニューキーツでは例年二百名足らず。
念のため、初日にも行くことになる。
ただし、声を掛けたからには、絶対に採用しなくてはいけない。
それが決まりである。
本人が拒絶したら別だが。
ひとり捕まえた。
後は、ろくなのがいない。明日に期待だ。
そう思って帰ろうとしていたとき。
泣きじゃくっていた女の子と目が合った。
背は小さくひ弱そうで、兵士には向きそうにない。
無視して通り過ぎようとしたが、なんとその女の子が泣きながらついてくる。
ンドペキはいたずら心を出して、追い払おうとした。
「コラ! 食われたいか!」
と、振り向きざまに脅した。
「きゃ!」
女の子の逃げ足は速かった。
速いというものではない。
まるで瞬間移動。
緑色の疾風。
あっと思うと、二十メートルは離れたところに立っていた。
そのとき、せっかくスカウトしていた子が逃げ出していた。
「おい、下らんことをするから逃げてしまった」
ハクシュウの渋面。
「あちゃ」
「やれやれ」
「ん?」
なんと、また女の子が付いて来るではないか。
「あれ、すばしこい。使えるかも」
ということになったのだった。
ハクシュウと目が合った。
ゴーグルを見ろとのジェスチャー。
モニタにハクシュウのメッセージが流れた。
-----眠れる洞窟の美女の目が覚めたとき、おまえが傍にいる方がいいだろう
「どういう意味だ」
-----レイチェルとなかなか仲がよさそうだったじゃないか
「変なことを言うなよ」
-----ホメムに見初められるとは、たいしたやつだ。俺は誇らしいぞ
「無責任なことを」
ンドペキは、がっくりうなだれた。
遠くの席で、ハクシュウがにやりと笑った。
-----悪いが、チョットマをこちらに寄越してくれないか。しておきたい話がある
「わかった」
-----それにしても、おまえ、女性に対してデリカシーってものがないのか。チョットマが泣きそうになってるじゃないか。あんなことまで解説してやる必要はないのに