141 立てた親指
「さあ、そろそろいいかな!」
と、手を叩いたハクシュウは、すでにグローブも外している。
「これからのことを話す! 座れ!」
ハクシュウが、今、置かれている状況を話した。
隊員達の中には、はっきりと狼狽の色を見せている者もある。
反逆者となってしまったことへの驚きか。
人間と戦うことになるかもしれないことへの困惑か。
宙を睨んで長い息を吐き出す者もいる。
「ということだ。非常にあいまいな状況にある。敵が本当に政府軍なのかどうかも分からない。場合によっては、逆に、我々がニューキーツ正規軍ということもありうるわけだ」
誰も質問しようとしない。
チューブから連れ帰った女が、誰なのかまだ分からない。
ハクシュウは憶測を踏まえた話はしなかったが、あの女がレイチェルではないかというンドペキの思いは、噂となってすでに広がっていた。
しかも、ハクシュウは先ほどまでとは打って変わって、厳しい表情をしている。
大広間はしんとしている。
ヘッダーを被って表情が見えないときとは違って、リーダーの迫力に気おされていた。
「これから我々がとるべき行動は三つあるが、その大前提がある」
大広間には、物音ひとつしなくなった。
「ひとつ。我々の本拠地を、当分の間、この洞窟とする!」
街を捨てることを宣言したのだ。
数名の隊員が身じろぎしたが、ハクシュウは間をおいて、ことの重大性が全員の頭に染み込むのを待った。
「ふたつ。敵はかなり大きな軍だ。チューブで遭遇した軍は百五十。先ほど襲ってきた軍は二百。どこの所属のものか、不明だ。ふたつの軍が同じ所属なのかどうかも分からない。そもそも正規のニューキーツ軍であるかどうかさえ」
そして、その軍を「荒地軍」と呼ぶことを提案し、一拍の間を置いた。
「いずれにしろ、よく聞け。当面の作戦は、その軍と戦うことが目的ではない」
「みっつ。我々は、離れたところでいくつかの作戦を行う。いずれもかなり厳しいものになる。ニューキーツ東部方面攻撃隊としての誇りを胸に行動してもらいたい!」
ハクシュウがこれほど大上段に振りかぶった檄を飛ばすのは初めてのことだった。
「もう一度、隣にいる者の顔をよく見ろ! こいつのために! できるか!」
ハクシュウが隊員達を眺め渡している。
「できないと感じたやつは、申し出てくれ。破門するわけじゃない。ここで留守番を頼むことになる」
作戦の支障になってはいけないから、とは言わなかったが、ハクシュウの言いたいことはンドペキにもよくわかった。
何が起きるかわからないのだ。
政府の動き。軍の動き。
レイチェルと対抗する一派の動き。
パリサイドの動き。
そして、チューブにこだました声の意思。
どれをとっても、確実な要素はない。
さらに言えば、スゥの意思さえ分からない。
いつ何時、この洞窟さえも、仮想のものだったということさえある。
己の意思を試されることになる。
ンドペキは隣に座ったチョットマの顔を見た。
チョットマが見つめ返してくる。
ハクシュウに言われてそうするのは照れくさい気がするが、誰もがおずおずと自分が相棒と思っている者と見つめ合っていた。
チョットマの唇が動いた。
-----頑張ろうね。
ンドペキはニッと笑ってみせた。
「いないか? 遠慮は要らないぞ!」
ハクシュウが声を張り上げた。
「伍長! 自分の隊員に聞いて回れ!」
ンドペキは座ったまま、自分の隊員たちの顔を順に見ていった。
まず目が合ったスミソが親指を立てた。
誰もがスミソの真似をした。
心にもない仕草をしている者はいないと確信した。
ハクシュウと目があった。
ンドペキは親指を立ててみせた。