138 この森には、奇跡を起こせる妖精なんぞ
他の街と交戦状態になるとは思ってもみなかった。
意識したこともない。
数百年にわたり平和が続いてきたのだ。
「もしあれが正規の政府軍だとすれば」
「かなり厄介なことになる」
「そう。レイチェルの軍だぞ。ところがこちらには、この女がいる。もしかするとレイチェルかもしれない女が」
「レイチェルが仕向けたわけではない、ということになるな」
「むしろレイチェルを救出するための軍だと」
「うむう」
「納得できないようだな」
「襲ってきた軍は、我々がレイチェルを保護していることを知らない。そういうことになる」
彼らは総攻撃を仕掛けてきた。
しかも、問答無用で。
レイチェルがここで生きていると知っておれば、たとえチョットマが散発的に発砲したからといって、森を焼き払うというような掃討作戦には出ないはず。
「ただし、正規の政府軍だとしての話だ」
スジーウォンが別のことを言った。
「パキトポークらが地下施設に入ったかどうか、それを確かめる必要もある」
「ああ」
「できればついでに、あそこに残してきた物を回収したい」
「うむ」
「隊としては大損害」
チョットマ達も気になるが、あえてそれは口にしない。
いずれ、ハクシュウに彼らを探しに戻る許可を得ればいい。
「別の課題もある。しかも喫緊の課題だ。ホトキン連れ出し作戦。よほど知恵を絞らないといけないぞ」
コリネルスが示唆したように、もしやつらが正規政府軍でなければ、案外、たやすく街に戻れるかもしれない。
ならば、ホトキンを見つけ出しさえすればいい。
「しかし、もし街に戻れないようだったら、ことはかなり難しいことになる」
「うむ」
「ホトキンを連れてこない限り、パキトポークもスゥも、バードという女も、あそこから出られない」
「うむ」
「街の様子を探ること、つまり俺達の置かれた状況を確認することも、すぐに取り掛からねば」
ハクシュウが「よし」と言った。
「考えていることはみんな同じだな。いずれも優先順位は高い。すぐに作戦にかかろう」
スジーウォンが、今すぐに担当を決めて欲しいと言った。
「それは少し待て。隊員全員にきちんと話をしてからだ。きっと、不安に思っている者もいるだろう」
「パキトポークの隊員達は、すぐに地下施設に向かいたいと思うけど」
「だろうな。しかし、それはだめだ。ここが正念場」
ンドペキは、ハクシュウの言う正念場が、この部隊が軍としての一体行動を取れるかどうかの正念場だと言っているように聞こえた。
今ここで、それぞれの思いで動き始めたら、東部方面攻撃隊は崩壊してしまうだろう。
スジーウォンもそれを理解したようで、異議を唱えようとはしなかった。
「それに、もうひとつ重要なことがある」
「ん?」
「この女だ。こいつが目を覚ませば、いろんなことが見えてくるだろう」
「だな」
「我が隊、最高の名医は誰だ?」
コリネルスが、ひとりの隊員の名を挙げた。
「そいつがさっきまで、治療していたんじゃなかったか?」
「そうだ。彼の報告によれば、助かる見込みは二割ということだった」
「二割! まずいじゃないか!」
「なにしろ、重傷を負った者が、長時間、背負子で揺られているんだ」
「ううーむ」
「あいつに任せるしかない」
「この森には、奇跡を起こせる妖精なんぞ、住んでいないのか」
「知らんぞ、そんな話。そんな連中をあてにするより、俺の部下を信頼しろ」
「任す」
ンドペキは、自分はどの役割に就きたいかを考えた。
ことの起こりはすべて自分に責任がある。
何をすれば、今回の事態の責任を取れるのか。
街に向かう。
これしかない、と思った。
消滅させられる身だとしても。