136 こいつの昔の彼女がね!
「あっ」
後方から、コリネルスの驚く声がした。
「上を!」
「あれは!」
上空に黒い塊ができつつあった。
「パリサイド!」
数体の集団で移動している。
群れては離れを繰り返しながら、東の空へ向かっている。
急降下したかと思うと、上空に舞い上がる。
発砲音が激しくなった。
軍が攻撃している!
「おい、まるで」
挑発しているかのようだ。
「攻撃しているのか!」
「いや。空を飛んでいるだけだろ!」
「だな!」
「離れていくぞ!」
「そいつはいい!」
「おい、ンドペキ! 思わぬところから援軍が来たようだな」
応えようがなかったが、代わりにスジーウォンが軽口を叩いた。
「知り合いでもいるのか?」
ハクシュウが笑い声を上げた。
「ああ、こいつの昔の彼女がね!」
「本当?」
「ハハ、そうさ!」
「おい!」
ハクシュウとスジーウォンが、部隊の切迫感を和らげようとしていた。
軍に追われている。
きっと防衛軍。ニューキーツ政府軍に。
自分達は朝敵になってしまったのだ。
これから先、どうなるか、まるで分からない。
今はただ、命からがら逃げるだけ。
そんな状況では、どんな檄も効果はない。
リーダーが落ち着いている、それを見せているのだ。
「そろそろ態勢を立て直すぞ」
ハクシュウが命じた。
「各隊としての行動を取れ! パキトポークの隊員はスジーウォン隊に合流しろ!」
ンドペキの隊もスジーウォンの隊も、すでにそれぞれの隊長のそばを走っていた。
パキトポークの隊員達が、スジーウォン隊に合流し始める。
ンドペキは叫んだ。
「向かう先は広い洞窟だ! 二十分後に着く!」
ハクシュウの声が飛んでくる。
「到達したら、どうする! それを説明しろ!」
「洞窟の入り口は小さい。まず、ハクシュウ隊、コリネルス隊、スジーウォン隊、俺の隊の順に中に入る」
そして、洞窟の入り口の構造を説明した。
「あわてずに飛び降りろ!」
ハクシュウがぼそりと言った。
「やれやれ、俺を一番に入れてくれるのか。こいつを背負うんじゃなかったな」
パリサイドの群れは、かなり遠い空を旋回しながら遠ざかって行きつつあった。
その下に軍がいるとするなら、もう安全だ。
胸にわずかな安堵感が訪れた。
思わず漏れそうになった吐息を飲み込んだ。
陽動作戦のふたりは、すばやさでは隊の一、二を争う隊員。
弾をかわすだけなら問題はないはず。
パリサイトが相手を引き付けてくれるなら、無事である確率は高い。
後は上手く合流すればいい。
しかし、パキトポークとスゥの安否はまったく分からない。
軍の一部が、あの施設に乗り込んでいったのなら、上手く戦えるだろうか。
また、あの声が助けてくれるだろうか。
そもそも、施設に入ることはできただろうか。
声が要求した見返りの条件はまだ満たしていない。