133 条件を言え
チューブの中は、凄惨を極めていた。
転がった大量の死体。
すべて、腹部から胸部の位置で、装備もろとも真っ二つに切り離されていたのだ。
チューブの底に溜まった大量の血。
誰一人生きているものはいない。
浮遊走行でなければ、累々と続く屍と血で、進むこともままならなかったであろう。
「生き残りがいるかもしれない。注意して進め」
しかし、ピクリとも動くものはない。
「たった今、殺されたんだな」
真っ赤な血が、どの体からも流れ出していた。
「立派な装備だ」
死体の川を飛び越えながら、ハクシュウとパキトポークが分析した。
「攻撃隊ではないようだ。装備が統一されている」
「防衛軍か!」
「うーむ。だが、記章はない」
街政府の正規軍のうち、防衛軍はトカゲ型の記章をつけている。
青いトカゲが街を守る防衛隊。赤いトカゲが政府建物に駐屯する親衛隊。
赤いトカゲの白ずくめの一団なら騎士団ということになる。
対して、我々のような攻撃隊に統一した記章はない。
記章を決めている隊もあるが、ハクシュウ率いる東部方面攻撃隊に決まった印はないし、装備もばらばらだ。
「まずいことになった」
ンドペキはそう呟いたが、応える者はいない。
「この軍は!」
怒鳴ってはみたが、チューブにむなしく声がこだまするだけ。
返事はない。
「応戦した形跡もない」
真っ二つになった兵士たちは、戦闘準備はしていたようで、おのおのの武器の安全装置は外され、いつでも発射できる状態で散乱していた。
「エネルギーパットを奪おうか?」
「……いや」
自分たちは兵士といえども、人を殺したことはない。
相手はいつも、マシンや生物兵器。
真っ二つにされ、血みどろになった人間の死体から、パッドを取り出すことは生理的にできないことだった。
「どんな兵器なんだ。これだけの人数を一瞬で切り殺すことができるのは」
「たぶん、このチューブそのものに組み込まれた殺傷装置だろ」
いずれにしろ、自分たちはあの声の男によって生かされている。
その現実を目の当たりにして、戦慄は収まりようがなかった。
もし、この軍が自分たちが降りてきた入り口から入ってきたのなら、地上にいる部隊は無事ではすまない。
誰の胸にも、その考えは去来しただろう。
「急ごう」
ハクシュウの声はいつものように穏やかだったが、それ以来、口をきく者はいなかった。
四つ辻を通過し、もう一本のチューブに入ってから、ンドペキはひとつの思考に思いが至った。
背負っている女、こいつ、レイチェルではないか……。
仮面を外した彼女を見たのは、自分の部屋の前で会った時。
ほんの一分ほどの短い時間。
しかも、夜。
面影の記憶は、それほど鮮明ではない。
自信はなかったが、一旦そう思い始めるとその考えを振りほどけなくなった。
「ハクシュウ、この女、レイチェルだと思わないか?」
返事はなかった。
他の隊員達からも、スゥからも返事はない。
誰しも、答えようのない質問だった。
間をおいて、ハクシュウの返事が来た。
「そうだとしても、もうバードを探しに戻ることはできない」
そのとおりだった。
ンドペキは自分だけが探しに戻ることも頭をよぎったが、エネルギー残量がそれを許さなかった。
八人は黙り込んで、地上への扉のある地点に向かって走り続けた。
「このあたりだ」
パキトポークの声に、部隊は停止した。
「扉を開けてくれ!」
ハクシュウが暗闇に向かって声を掛けた。
声が返ってきた。
『無事に連れてこれたようだな』
扉が開くのを待った。
しかし、チューブは依然暗闇のまま。
不吉な予感。
騙されたのではないか。
扉を開ける気など、最初からないのではないか。
武器を用いて破壊することも最後の手段としてはあるが、扉の位置が分からない。
闇雲に撃つことになる。
うまくいくとは思えなかった。
『扉を開けないわけではない』
声が言った。
「では、すぐに開けろ! この人は衰弱している。一刻も早く手当てをしたい」
『交渉条件を忘れたのか』
「言え!」
『難しいことではない。あいつを連れて来い』
声がつけた条件。
それは、ホトキンという男を連れてくることだった。
「誰だ、そいつは!」
『弟子だと言っておこう』
「もし、拒んだら?」
『連れてくるんだ』
「……、あんたの名前は?」
『エーエージーエスで、オーエンが待っていると言え』
「そいつはどこにいる!」
『ニューキーツにいるはずだ』
扉がスパンッと開き、光が溢れた。