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12 海は知っている

 サリの失踪をさかのぼること、半年。



 宇宙船の外壁のかすかな隙間に、わずかコンマ一ミリほどの小さなシリコンカプセルが挟まっていた。

 地球の大気圏に突入し、灼熱に晒されても、カプセルは燃え尽きることなく宇宙船に貼り付いていた。


 南太平洋に着水したとき、カプセルは静かに宇宙船を離れた。

 宇宙船の乗組員もそれを出迎える船の乗組員も、そして上空を飛ぶ監視衛星も、カプセルが静かに海に沈んでいったことに気づくものはいなかった。



 しかし、カプセルが深い海底まで到達することはなかった。

 海水に触れてものの数分もしないうちに、変態を開始したのである。


 水を含んで、瞬く間に一千倍ほどの大きさまで成長した。

 と同時に、尾やヒレが生え、目ができ口ができていった。

 十分も経った頃には、既にオットセイのような姿になり、自由に泳ぎ始めたのである。


 そして、迷うことなく一直線に西北に向かっていった。




 地球の豊かな海。

 数百年経った今も、変わることはない。

 その青さも、塩辛さも。

 波はうねり、潮流が微生物を押し流していく。

 それを追う魚や海生哺乳類の群れ。


 しかし、その生命体が感傷に浸ったのは、脳の組織が一定水準にまで作られたそのときだけだった。




 高度な思考能力を持つ一体の生命体。


 名はある。

 二十一桁の記号と数字を組み合わせたID番号。

 通称JP01。

 本名は本人だけが覚えている。


 JP01は海の異変にすぐに気がついた。

 かつてのように、海は大小様々な生物で溢れてはいた。

 しかし、JP01には聞こえたのだ。

 無数の声が。



 声だけではない。

 地球上のありとあらゆるシーンの断片が水に溶け込んでいた。


 はるか昔の活気ある中国の街並み、農民が手にする米の一粒、シャワーを浴びる時の爽快感に至るまで、地球上の出来事のすべてがここにあった。



 遠い過去のことだけではない。

 地球という星に生きるものすべてが失われるかとも思われたあの大戦争も、その後の細々とした人類の記憶も。

 そして自分たちが巡礼の旅に出るため、宇宙空間に飛び立ったたときの様子も。



 シーンだけではない。

 意識、感覚、感情をもった特定の個人の記憶までもが漂っていた。


 目には見えないが、あたかもスライドショーを見るように、様々なシーンがJP01の脳裏を次々と掠めては消えていった。

 断片的な、意味ある言葉が聞こえることもあった。

 言葉と共に、幸福感が心に広がることもあったし、悲しみが落ちてくることもあった。



 過去から現在に至る数百年に渡る何百億人もの人類の、すべての人々の一人ひとりの記憶……。


 それらがすべて、海という大きな器に盛られているのだと気づくまで、多くの時間は必要なかった。




 泳ぎ始めて数日。

 JP01は、日本列島が見えてくる頃になって、巨大な記憶装置としての海の機能の成り立ちを理解し始めた。


 無限ともいえる膨大な記憶が、微細なデータの断片となって、海水を組成する粒子の粒に載せられていることに気づいたのだ。

 そしてそれらが何らかの法則によって瞬時に並べ替わり、まとまりのある記憶となって連なっていくことにも気づいた。

 JP01は泳ぐことをやめ、その法則を見つけ、自分のものにしようとした。




 そしてついに、かつての自分の意識に触れた。

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