122 あなた、イコマっていう人?
ンドペキの告白は隊員たちを驚愕させた。
俺はあの日、サリを殺そうと思っていた……。
「死にたいと思っていた。どんな罪でもいい。俺は、生きていくのが……、もう、億劫になっていたんだ」
イコマも驚いたが、ハクシュウにもよほどショックだったのだろう。
階段を踏み外しそうなほどあわてて、
「待て! それ以上、話すな!」と遮った。
しかし、だからこそ、とンドペキは言う。
「俺はどうなってもいい。救出に向かうなら、一刻を争うはず。俺が行く!」
イコマはなんと言ったらよいか、分からなかった。
ンドペキが死を恐れないのなら、この先に進むことができるかもしれない。
そして、そこに待ち受けているものが絶望であっても、事実を明らかにすることができるかもしれない。
「許さん!」と、ハクシュウが怒鳴った。
「いい加減にしろ!」と、パキトポークもンドペキを羽交い絞めにする。
その声にかぶせるように、
「今すぐ、救出に向かうべきかも……」と、女が呟いた。
「なんだと!」
ハクシュウが怒りを爆発させた。
「おまえに指示権はない! ンドペキは俺たちの仲間だ!」
投光器に照らされて、薄い埃が舞っていた。
女の目がこちらを向いた。
「あなた、イコマっていう人?」
「そうだ」
「そして、囚われているのはあなたの娘?」
「そうだ」
女が、うなだれた。
「そうか……、こういうことになるのか……」
「どういう意味だ」
「ううん、なんでもない」
「どういう意味だ!」
イコマは大声を上げた。
わけのわからない怒りがこみ上げていた。
アヤが何をしたというんだ!
この女は何を言いかけたんだ!
「なんでもない」
女が再び呟いた。
「知っていることがあるんなら、言ってくれ!」
「そうじゃない。私は何も知らない」
ハクシュウやンドペキ達も厳しい目を向けていた。
「こういうこと、って、何なんだ!」
「私が言おうとしたのは……、私が行かなくちゃ、ということ」
「どこに!」
「アヤちゃんの救出に」
「なんだと!」
理解できない状況が、イコマの怒りを歪ませ始めていた。
「おまえは!」
「友達になろうと思ってたのに、とんでもないことになっちゃったね」
「おまえ!」
何を言っているのか、自分でも分からなくなり始めていた。
アヤ、橘アヤ。
ユウ、三条優。
一緒に過ごした大阪のマンション。京都の山奥の村。
ユウを追って行った金沢の光の柱。
聞き耳頭巾。
僕はアギになりアヤはマトになり、そしてやがて途切れた関係。
そして、そして、アヤ! 再会の喜び!
もう自分が起きていられる時間はない。
今すぐにでも。
この扉の先にアヤはいるのか。
ああ、アヤ!
無事でいてくれ!
それなのに、この女は、なんだ!
大量の記憶と激しい感情が渦巻いていた。
「おまえ! なにを!」
ブッ、ブツ、ブッ、オ! ア! ヤ!
イコマの頭脳は、ちゃんとした言葉を発することができなくなりかけていた。
ハクシュウが怒鳴った。
「行かせないぞ!」
と、女に飛び掛る。
「何するの!」
狭い空間で、しかも急な階段だ。
「危ない! 落ち着いて! 抵抗しないから!」
女はハクシュウやパキトポークをいともたやすくかわすと、数段上に立っていた。