117 逃げちゃうかもしれないよ。彼、シャイだから
「北西方向より不明物体接近! 到達予定二十五秒! コリネルス隊を救援せよ!」
チョットマは、ハクシュウらと共に、コリネルス隊に向かって駆けた。
あと十秒ほどしかない。
たいした敵でなければ問題ないが、相手のレベルがわからない以上、最善の態勢は組んでおかなければならない。
最前線にいるのはコリネルスの隊。
敵の来襲まであとわずか数秒。
間に合わないかもしれない!と思ったとき、隊員から連絡が来た。
「人です! 二人!」
「攻撃するな! 相手を確認!」
ハクシュウが指示するとほぼ同時に、部隊の全員がコリネルス隊の周辺に展開していた。
チョットマは最前線から数百メートル後方で、現れた敵を視野に捉えた。
「誰だ!」
ハクシュウが怒鳴った。
ひとりの女だった。
「撃つな! 話がある!」
女は五十メートルほど手前で立ち止まった。
通信ではなく、生の声で怒鳴っている。
「こちらへ!」
女が猛烈なスピードで移動し始めた。
「待て!」
「先ほどのところへ!」
女はさっきまで話をしていた窪地に向かっていく。
長い髪をなびかせて。
ハクシュウがその意味を理解した。
「全員、続け!」
一時の緊迫感は急速に低下したものの、チョットマは緊張した面持ちでハクシュウに続いた。
女は、窪地の底に着くやいなや、ちょこんと膝を揃えて尻を地面につけた。
ハクシュウが女の前に仁王立ちになる。
「あっ、おまえは!」
スジーウォンらはすでに各々の部隊をまとめて、適切な距離を置いて取り囲んでいる。
チョットマら、ハクシュウ直属の隊は、ハクシュウの後方に控えて静止していた。
女が一拍の間をおいて口を開いた。
「おまえなんて言われる筋合いはない」
ハクシュウが女の言葉を無視して、
「コリネルス! もうひとりを探せ!」と叫んだ。
「了解!」
コリネルスの隊が、女が来た方向に一気に散っていった。
「探す必要はないよ」
「どういうことだ!」
「自分で出てくるから」
「コリネルス! 探せ!」
「探しに行ったら、逃げちゃうかもしれないよ。彼、シャイだから」
「なに!」
「ちょっとあんた達、落ち着いたらどう? 私はこうして座ってる。戦意も見せてない」
確かに女は軽装。目だった武器も持っていないようだ。
ハクシュウはなおも女を睨みつけていたが、やがて静かな声を出した。
「話があるといったな。聞こうか」
「その前に、全員をこの窪地の中に集めてくれない? 街の連中に聞かれたくないから。それに、あんた達全員、通信を切って。位置確認装置も切ってくれない?」
どうするのだろう、とチョットマは思ったが、ハクシュウは直ぐに決断した。
「コリネルス! 捜索中止。隊を戻してくれ。先ほどの場所だ」
「了解」
そして女に向かって言った。
「少し待て」
「うん、いいよ」
チョットマは、落ち着き払って生意気な口を利く女に苛立ちを覚えた。
何を要求するつもりだろうか。
あの女じゃないだろうか。
全員が窪地に集結すると、ハクシュウが通信や位置確認装置を切るように命じた。
女はそれを待って、ゴーグルを外す。
もともと、ヘッダーはつけていない。
ハクシュウもそれに倣う。
万一、この状態でマシンに襲われたら、犠牲者が出ることも考えられる。
不安はある。
女がインナーマスクも取った。
やっぱり、あの女だ。
街の武器屋で声をかけてきた女。
隊員からはどよめきが起きた。
先ほども素顔を見せて食事を摂る者がいたが、マスクまでは外してはいない。
こんな荒野のど真ん中で、素顔を見せた女。
大胆な行為。
まさか、全員にマスクを取るよう、求めるのかと不安になったのはチョットマだけではない。
どよめきの中に唸り声が混じっていたのはそのためだ。
「敵意がないことをわかってくれた?」
女はあでやかに笑って、乱れた髪を直す。
「話とは?」
「話は、私がするんじゃないの」
「なんだと!」
ハクシュウは怒鳴りつけたものの、目はチラチラと辺りを窺うようにせわしなく動いている。
「今晩は明るくてよかったね。暗い夜だったら、こんなところに座り込んでちゃ、おっかないものね」
女は、脚を伸ばして、横座りになった。
完全にリラックスムード。
チョットマはそんな女の態度にも腹が立ってきた。
思わず食って掛かった。
「あんた、いったいどういうつもり!」
女は、悪びれる様子もなく、
「それは、後で」と流し目で言う。