116 いろいろとね、買い込んできた
「じゃ、今からの行動を説明するわね」
スゥと名乗った女が、ボトルの底に残った酒をンドペキのグラスに注ぎ込んだ。
「そうこなくちゃ」
洞窟に閉じ込められている状況はもうたくさんだ。
しかし、ふと、この女、サリではないか、という気がまたし始めた。
サリと容姿は全く異なるが、とはいえ、サリの素顔を見たのは数年前の勧誘の時だけ。
もう、うろ覚えでしかない。
東部方面攻撃隊員は仮の姿で、こいつはもしかすると、パリサイドのスパイなのではないか。
現に、あのパリサイドはサリの顔を持っていた……。
どんな考えもまとまらないが、可能性なら、いろいろと……。
「きっと、あなたも喜ぶ」
「おう、そうありたいね」
目の前の女、スゥが話すことに注意を戻した。
「ハクシュウの部隊がこちらに向かっている」
「えっ!」
「かなり外れたコースを取ってるけど」
「呼んだのか?」
「そんなことしないよ。彼らは彼らの論理で動いている。つまり、あなたを追って」
ンドペキは喉が詰まった。
まさかハクシュウは、俺を捕えようと……。
軍上層部の命令か。
「ハクシュウというのはなかなかの隊長ね。少し調べてみたけど、いまどき珍しいくらい、ちゃんとした男」
「いま、どの辺りにいる」
「まだ、半分くらいの行程かな。遅いんだよね、行軍スピード。ま、あなたを探しながらだし、チョットマが追いついてくるのを待ちつつ、だからだろうけど」
ンドペキは混乱した。
ハクシュウが追ってきていることも驚きだったし、この女はいったいどこまで知っているのか、というのも驚きだ。
「今から私達は、彼らのもとへ向かう」
「……」
「あなたも行くでしょ。退屈でしょ?」
「待て。ハクシュウは何のために俺を追っている?」
「えっ? 何のためにって、あなたに会いたいからじゃない」
「もっと具体的に言ってくれ」
「驚いたわね。ハクシュウが聞いたら悲しむよ。彼を信頼してないの?」
ンドペキは理解した。
ハクシュウは、俺の身を案じて捜索してくれているのだ。
自分を恥じた。
しかし、ハクシュウの意図がどうあれ、街政府の正規軍である。
どんな任務なのかはわからない。
ンドペキは正直にその危惧を話した。
「だから、ハクシュウを信頼していないのかって聞いたのよ」
「いや、信頼している」
「だったら、そうしたら? 私が前に話したこと、忘れた?」
「ん?」
「ここにあなたとあなたの仲間が来ることになるだろうから、いろんなものを用意した」
「そうだったな。こういうことだったのか!」
「今日、私が街で、情報収集のついでに、何を買ってきたと思う?」
「わからない」
「隊に女性が何人かいるから、彼女らが困らないように、いろいろとね、買い込んできたのよ」
「……すまない」
この女、スゥがなにを考えているのか依然わからないが、そのとおりに、ことは運んでいるというわけだ。
「こんなに早く、とは思ってなかったんだけどね」
「どんな状況を予想してたんだ?」
「さあ、それは私に指示した人に聞いてみて」
スゥが立ち上がった。
「ところでさ、チョットマに会ったんだけど、敵意むき出しでさ。ンドペキ、うまく間を取り持ってよ」
「うむう」
スゥが装備を纏い始めた。
「行くのか?」
「他に聞いておきたいこと、ある? 外に出たら、話せない」
「ない」
ハクシュウたちと早く会いたい。
ンドペキは素直にそう思おうとした。
「きっと彼は、あなたの勝手な行動を咎めたりしないと思うわよ」
あいつらに対して不誠実な行動をとってしまった。
レイチェルの命令にも背いている。
罰は受ける。
ハクシュウに責められても、仕方ないと思っている。
「たぶん、そんなことにはならないわよ。あなたが彼を信頼してるんだったら。私の読みでは、歓喜の声で迎えられる」
「それはないだろ。でもなぜ、そんないい加減なことを言うんだ? ハクシュウがどう思っているか知りもしないのに」
「あれ、言ってなかったかな。私の仕事は占星術師。当たるのよ。表向きの職業だけどね」
「はあ? 占い! 今時、そんな職業があるのか」
ふざけていやがる、とは思ったが、そんなことはもうどうでもよかった。