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115 私の名前を聞いたところで、あなたにはなんの意味もない

 女が語る話を、ンドペキはほとんど口を挟まずに聞いた。



 まず最初に、ンドペキが置かれている状況について。


「ニューキーツの街には、長官であるレイチェルに対抗する一派がいる」

 レイチェルの体制は磐石ではない。

 その反レイチェル派はかなり大きな勢力を持っており、いずれ二派は衝突するだろうといわれている。


「その一派が行動を開始したらしい。その行動がどういうものか、今はまだ調査中。でも、私はそれがあなたに関係したことだと思った」



 女は昨夜、ンドペキと連絡を取ろうとしたが、通信が遮断されていたという。


「たまたま通信状態が悪いなんて、そんなケース、ないでしょ。それで、気がついたのよ。もしや、あなたはレイチェルの行動を制約する、あるいは何らかの行動を促す囮にされるんじゃないかって」

 そのためには、ンドペキがレイチェルやハクシュウと自由に通信ができては、都合が悪いというわけだ。


「俺の部屋に盗聴装置が仕掛けられているようだ」

「なるほどね。一派はそこまで念を入れてるのね」

「一派というのは?」

「その話は長くなる。簡単に言うと、いよいよ人類は滅亡するかもしれないということ。具体的な名前は、私も知らない。相手は人間じゃないし」


「えっ! 人間じゃない! ん? つまり、パリサイドでもないってことか?」


 女はンドペキの質問を遮ると、次の説明に移った。

「いい? 実は今、もうとんでもないことが起きてるみたい」

「……」

「ねえ、ンドペキ。例のパリサイドへの回答、レイチェルから聞いた?」

「いや」

「そう。まずいわね。私は、レイチェルは彼らの要求をすべて呑むと思うのよ。反レイチェル派はそうさせまいとすると思う。つまり、事態はかなり切迫している」




 女の話は、ンドペキがまったく予想もしなかった内容だった。

 パリサイドとの会談など、政治的な話に興味はなかったし、一市民として何の力もないこともわかっていた。

 ただ、与えられた命令を遂行しさえすればいいと考えていた。


 ところが、いつの間にか、その渦に飲み込まれているというのだ。

 通信が遮断されていることで、自分の身に異常な事態が起きつつあることはわかっていたし、だからこそ女を信じてここまで来た。

 しかし、まさか政治的な争いに巻き込まれているとは想像もしていなかった。




「私は、あなたが何らかの作戦の駒として使われたくない」

「もちろんだ」

「それが最終的にどういう結果を生むか、ハッピーなものであるはずがない」

「俺たちは、実際のところ、非力だからな。首根っこを政府に押さえられている。生かすも殺すもあいつら次第ってわけだ」

「そう」

「あんたもだろ」

「そう。私もマト。すこし、自分なりに細工はしてるけどね。彼らの言いなりにならないように」

「そうなのか……」



 会談のとき、パリサイドをこの女が撃ったことを思い出した。

「大事なことを聞くのを忘れていた」

 自分のことばかりに気をとられて、相手の行動や身の上を案じていなかったことを詫びた。


「いいのよ、そんなことは」

「向こうに捕えられて、よく無事だったな。心配したぞ」

「心にもないことを」


 そう言いながらも女の顔が和んだ。

 今日初めて見せる穏やかな表情だった。




「向こうであったことはあなたには関係ないし、重要なことでもないわ。歓待はされなかったけど、すぐに釈放されたんだから、もう気にしないで」

「でも、どうしてあいつを撃ったんだ?」

「あくまで個人的なこと」

 女は、もう聞くなというように、グラスの中身を透かして見た。



「ところで、あんた、誰なんだ?」

 ンドペキは、女ががっかりするだろうとは思ったが、もう一度、それを聞かずにおれなかった。


 まだ、思い出さないのか、となじられようと、先日のように涙を見せられようと。

 しかし女は、以前のように悲しげな目をしただけだった。




「私のことは知らなくてもいいのよ」

「いや、知りたいんだ」

「ありがとう。でも、私の名前を聞いたところで、あなたにはなんの意味もないわ」

「んー、それは、俺が忘れているからか?」

「それもあるけど、私はある人の命令で動いているだけだから」

「えっ、そうなのか」


 ンドペキは驚くと同時に、少しがっかりした。

 自分とこの女の過去に、何らかの関係があったわけではなかったのか……。



「そうなのか……、俺はてっきりあんたと昔、なにか……」

 女はやはり悲しげな目をした。

「そのあたりは、おいおいご本人の口から聞くことになるわよ」

「ご本人……」

「きっとそういうことになる。だから、私のことは構わないで」

「そうだとしても、あんたの名前は知りたい」

「言ってはいけないことになってる」

 女は目を伏せ、はっきりと悲しい顔をした。


「じゃ、なんて呼んだらいいんだ。いつまでも、あんたじゃ、いかんだろ」

「そうねえ、じゃ、スゥということにしておく。昔々、私があこがれた歌手の名前」

「スゥ、いろいろありがとう」

「ううん。だから私は」

「もう、言わなくていいよ。わかったから。今の君に礼を言いたかっただけだから」

「そう……」

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