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114 信じてみたい気になって

 窪地でのミーティングがもたれる数時間前。


 ンドペキは悶々としていた。

 洞窟の大広間にひとりきり。



 昨夜、女は一言も口をきかないまま、ンドペキがどうしても追いつけない速度で北へ向かった。


 洞窟に着くと、テーブルに手紙。

 そこにはこう記してあった。

「あなたは今とても危険な状況。ここを出てはだめ。今度こそ私を信用して。明日の夕方には戻ります」



 やっと事情を聞かせてくれるのかと持ったら、これだ。

 いったい俺は、どういう状況に置かれているというのだ。

 ンドペキはさすがに疲れ果て、考えることにも飽いていた。



 確かに、状況はいいとはいえない。

 最大の理由は、誰とも連絡が取れないこと。

 俺が交渉の立会人に選ばれたからといって、政府のこの処置は何を意味するのだろう。

 レイチェルは交渉の中身や回答について、その方向性すら語らないというのに、俺の通信手段を奪うことにどんな意味があるのか。


 一方で、今の状況がそれほど悪い、しかも切迫しているとも感じなかった。

 あの女の言うことを真に受けた俺が悪いのか。



 結果として、今まさに俺は、政府の処分を逃れようと、こんな荒野のど真ん中の洞窟に潜んでいる。

 本当に、そんな必要があるのだろうか。


 街に戻り、自分の部屋に閉じこもっていれば、明日、レイチェルからなんらかの命令があるだろう。

 明日は部屋にいるように指示されているのだから。


 ただ、すでにレイチェルの命令には背いてしまっている。

 街の外に出るなという指示に反して、誰も知らないこんな遠くの洞窟にいるのだ。



 今から街へ引き返せば、万事が上手くいくだろうか……。



 ンドペキはそんな考えを弄びながら、自分は街へ引き返す気などないことを知っていた。

 レイチェルに恨みはないし、隊のメンバーには恨みどころか、心配をかけているだろう、と心を痛めている。

 ハクシュウやスジーウォン、そしてチョットマは自分の失踪を知って、どんな気持ちでいるだろう。

 そう思うと、心が塞ぐ。


 それでも、引き返そうと思わないのは、理由がある。


 部屋の盗聴装置。

 つまり、政府から目を付けられていることは疑いようがない。

 合理的な理由はそれだけだ。 


 しかも、あの女を信じてみたい気になっていた。

 私を信じて。そんな言葉はそうそう聴くものではないし、だからといって、たちまち信じてしまうのも滑稽な話だが、自分の心の中であの女の存在が大きくなっていることに気づいていた。


 一種の賭けをしているような気分。

 ンドペキは、心の中でハクシュウやチョットマに謝りながら、一昼夜を過ごしたのだった。





 夕方が近い。

 そろそろ、女が戻ってくるだろう。

 ンドペキは、いつの間にか自分があの女を心待ちにし、しかも「女」としてみていることに気がついて、苦笑した。



 洞窟の中の空気がかすかに揺らめいて、女が帰ってきた。


「おい!」

 ンドペキは女の顔が見えるやいなや、声を荒げた。

「ちょっと遅くなったわ」

 女は抱えていた荷物をテーブルに降ろすと、中から一本のボトルを取り出した。


「昨日今日と、ンドペキには辛い思いをさせたから、少しだけ喜ばせてあげようと思って」

「そんなことはどうでもいい! いつになったら、まともに説明してくれるんだ!」

「まあまあ、焦らないで。せっかくあなたのために買ってきたんだから。これ、普通は売ってないよ。特別に作らせた一本。これを飲みながらね。あんまり時間はないけど」


 ンドペキは、さっきまでの少し甘い感傷はすっかり忘れて、怒りを爆発させた。

「ふざけるな! いい加減にしろ!」


 女は、ハッと短い溜息をついて、肩を落とした。


「やっぱり私を信用してないんだ」

「おまえの何が信用できるというんだ! 意味もなく、こんなところに放っておかれて!」

「それは説明したわ。あなたは最悪の場合、削除されるかもしれないって」

「一体全体、どういうつもりでそんなことが言えるんだ!」

「だから信用してもらうしかないわね」



 今度はンドペキが、溜息をついて肩を落とした。


「な、あんた、ちょっとは俺の身にもなってくれよ」

「ねえ、ンドペキ、その言葉はそのままお返しする。ちょっとは私の身にもなってよ」



 女は、ふっと表情を崩すと、

「これを飲みながら話すって言ったでしょ」と、椅子に座れと指さした。


「よし、全部話してもらおう」

「そんなに堅苦しく構えられたら、話せないよ」

「わかった。俺はおまえを信用している。たからこそ、今ここにいる。俺を安心させてくれ。では、そいつをいただこう」



 女は、よかったと微笑んで、ボトルの栓を抜いた。

「珍しいお酒なのよ」



「どれ」

 口をつけた。

 酒は無色透明で、きつい香りもない。

 柔らかい味。

 ふわっとしたパンのような香りが口の中に広がった。


「どう?」

「飲んだことのない酒だな。旨いよ。でも、酒の薀蓄はまた今度でいい。今は時間がないんだろ」

「そう。もうすぐ出かけなくちゃいけない」

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