111 空振りだらけの情報収集
数時間後、再びハワードの訪問を受けた。
「情報収集は空振りでした」
「こちらの方もそうです」
「バードを救出してくれる部隊は、今どのあたりですか」
「救出? そんな約束ではありません。彼らから、なんの連絡もありません」
言ってしまってから、チョットマ含め、東部方面攻撃隊に依頼したと知られたことを後悔した。
こいつ、信用できるのか。
そんな恐れが沸きあがる。
ハクシュウ隊の正確な位置を知らせてはいけない。そんな気がした。
ハワード個人としてはともかく、こいつの体に何が組み込まれていないとも限らない。
機密情報をこれほど漏らしているにもかかわらず、まだ抹消されないことが、逆にイコマを疑心暗鬼にさせていた。
ハワードが弁解した。
私はアンドロです。
アンドロの性格として、友情や愛情といった感情を持つ者は少なく、信頼できる友といえる相手はほとんどいない。
だから、歩いて情報を集めようとしているが、成果がなかなか上がらないと。
そしてぽつりと付け加えた言葉。
私は、少々特殊な役も任じていますので。
特殊?
なんだそれは。
それを聞く前にハワードは話を前に進めた。
「ただ、少し気になることがあります」
「ん?」
「レイチェル長官の姿も見えません」
こいつにそんなことがわかるのか。
「長官には常時、五十人ほどのアンドロやメルキトが仕えています。それぞれが様々な役割を担っていますが、その中に長官の行動を逐一記録する専門の係りがいます。彼女に似た若い女性です。一般的に、秘書と呼ばれています」
シリー川の会談に立ち会って、飛空挺の中で待っていた女性か。
「彼女はどんなときでも、長官と一緒にいるといわれています」
なるほど。
「ところが、彼女がひとりでうろうろしているところを見かけたのです。おかしな様子でした。声を掛けると、驚いて逃げられました。明らかに何かを恐れているようでした」
ハワードの話は情緒的なもので、情報というには中身がない。
イコマは思わず、長いため息をついた。
欲しいのはアヤの居場所に繋がる情報。
まだ掴めないのか。
「続きがあります」
「……」
「次に私は、治安省の中枢に向かいました。ベータディメンションにあります。私や彼女の勤める情報局の上部組織です。そこに私の知人がいます」
先にそれを言え。
「彼が言うには、治安システムが攻撃されているというのです」
「治安システム?」
「人民の会話を含むすべての通信、そして位置情報を収集し監視するシステムです」
誰にとってもデリケートな関心事を、ハワードはさらりと言う。
しかも、人民という、上から目線の言葉を使って。
抵抗は感じるが、言い間違いなのだろう。
受け流そう。
「攻撃? 全世界で? ニューキーツのみが?」
「確かなことは教えてくれませんでしたが、敵のターゲットは、どうもニューキーツだけのようです」
「ふむう」
「攻撃者が誰か、それはまだ伏せられているとのことでした。それで、私の命もまだ生かされているのでしょう」
攻撃?
敵?
世界各地の六十七の街。
それらが互いに争いを始めることはありえない。
それぞれの街は独立して存在しているようでも、生産や流通やあらゆる面で、世界はひとつの機構で動いている。
街が、その存亡に関わることで、単独で何かをできるという社会ではない。
ならば、パリサイド?
地球人類の彼らへの対応が、一枚岩になっているという情報はない。
むしろ、揉めている。
だから揺さぶりを?
まずはニューキーツを皮切りに?
これに備えて、アンドロ軍はクレパスDで出撃態勢を整えている?
ハワードは微笑んでみせてから、首を捻った。
「わからないことばかりです」
「ですね」
「戦争? それは、ホメムしか思いつかないことです。アンドロにそんな発想はありません。そのようには作られていないからです」
「でも派閥はある?」
「ええ、ですが、人を殺すという発想はない、ということです」