107 前代未聞の事態が起きつつある
隊長ならどうするだろう。
集合地点に七人の隊員が集まった。
命令を下さなくてはいけない。
「本隊の現在地点、北北西二百十キロ。速度九十キロで北北西に走行中!」
集まった隊員は補給部隊五名と援護要員二名。
全員が自分より年上だし、兵士としての経験も当然長い。
チョットマは緊張しながら、命令を発した。
ハクシュウは常に、目標地点と隊形、速度、行軍中の注意点を伝えている。
私も。
「D隊形、速度は百四十キロ。計算上は四時間十二分後に本隊と合流予定。予定時刻十七時五十二分。よほどのことがない限り、休息はとらない」
ここまで、誰からも意見は出ない。
表情が見えないことが、こんなに不安なものかと思い知った。
いつもはハクシュウやンドペキの指示通りに動いておればよかったが、自分が指示を出す側に回ってみると、その反応が見えないというのは辛いものだと初めて知った。
D隊形。
それは、菱形に中心点を入れた隊形。
補給要員は全員がカートを引き連れている。
単にスピードを出すという意味では問題はないが、アクシデントに小回りが利かない。
あまり広い隊形を取ると、いざというときに救援に向かえないと考えたからだったが、それが本当に正解なのか、心もとなかった。
チョットマは菱形のそれぞれの頂点と中心点に位置するメンバーを決めた。
「援護要員は隊形の前後に。後方はマシンだけでなく、他の軍の動きがないかにも注意すること」
あえて、街政府の追っ手が来るかも、とは言わなかった。
今回の作戦の目的を正確に知らない隊員からみれば、後方に要員を割く意味がわからないかもしれないが。
「敵は回避すること。本隊合流を最優先する。ンドペキの痕跡にも注意すること。では、展開!」
チョットマは駆けた。
菱形の前方の頂点に向かって。
隊員からポイントに到着した旨の連絡が入ってくる。
「進め!」
チョットマ隊は順調に進軍していったが、快晴の空に一点の影が現れた。
「ちっ」
隊員が呟いた。
黒い影はみるみるうちに大きくなっていく。
「エネルギーを満タンにしてやがる」
影と見えたものは、パリサイドの群れだった。
十体ほどが翼を広げつつあった。
シリー川で見て以来、初めて遭遇した光景だ。
「連中、こっちの方まで進出してやがる」
シリー川のコロニーから、かなり距離がある。
「あいつらから、俺たちの動きは丸見えだな」
チョットマは、万一彼らに攻撃された場合のことを考えると身の毛がよだった。
ただ、こういう場面で何を隊員に伝えればいいのか、わからない。
「敵だと決まったわけではない」
最年長の隊員の声がした。
「構うことはない」
チョットマはそのメッセージに感謝した。
シリー川の会談後、ボールは地球人類の側にある。
レイチェルはどんな返事をするのだろう。
そして他の街は?
集まって会議など、するのだろうか。
自分はそういうことにまったく無関心だった。
今後も関心を持つことはないだろう。
無事にハクシュウの部隊に合流することに集中しようと意識を戻した。
隊員が言うように、上空の翼の群れを気にしているときではない。
本隊との距離はかなり縮まっている。順調だ。
パパが言った。
「アンドロから情報が入った。いま、話している。彼が言うには、街の防衛軍の動きが慌しくなったようだ。理由はわからない」
パリサイドとの戦闘に向けた動きなのか、ハクシュウ隊を追う動きなのか。あるいは、他の要因があるのか。
「兵士向けの商店が、強制的に閉鎖させられた」
「えっ。それは」
「軍全体を再編しようという動きかもしれない」
前代未聞の事態が起きつつある。
そんな予感がした。