105 家族って
隊員が参集しつつあった。
入れ替わりにチョットマは部屋に戻り、装備と携行品を準備し始めた。
盗聴器は仕掛けられていないとパパが言うので、ずいぶん気持ちは楽になっていた。
おしゃべりする余裕がある。
しかし、パパの置かれた状況を考えると、浮ついた話をするわけにはいかない。
それでもチョットマは声を掛けた。
「ねえ、パパ。よかったらバードさんのこと、話してくれない?」
パパが語ってくれた話は新鮮だった。
その女性の人柄が、ではなく、パパやバードが生きてきた時代。その社会が。
「へえ。そのころのニッポンって国、とっても自由で活気があって、穏やかな感じだったんだね。上手く言えないけど」
「ああ、今のように顔を隠して閉じこもっているという社会じゃなかった」
「うん」
ハクシュウから、先行隊は出発したという連絡が入った。
「急がなきゃ」
他の隊員にも、すでに分担を示してある。
チョットマは、パッキングする前に自分が用意する携行品を床に並べていた。
「足らないものがある。ね、パパ、買い物、付き合ってくれる?」
「もちろん。僕は君とずっと一緒にいる」
そんな言い方をされて、チョットマはうれしかった。
そういや、ンドペキも同じような言い方をしてくれたなあ……。
「すぐ近くだから」
部屋を出て、街路に出た。
走りたいが、意識してゆっくり歩く。
「目立っちゃだめという社会は窮屈?」
「そうだね。僕の住んでいた大阪って街は、目だってなんぼ、人を笑わせた方が勝ちって風土の街だったんだよ」
「へえ! 信じられない。面白いところ!」
「大げさに言えば、面白いって言われることが一種のステータスだったよ」
「へええ!」
想像もできない話だった。
そんな街で、パパは暮らしていたのだ。
自分はパパのことを何も知らないのだと実感した。
「ねえ、パパ。家族と住んでたんだよね。家族ってどんな感じ?」
チョットマは、自分の親の顔も名前も知らなかった。
父親や母親がマトなのかメルキトなのかも知らなかった。
昨夜まで、自分はマトだと思っていたのだ。
「うーん。難しい質問だね。自分の暮らしの基盤、って感じかな。いつも一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、お風呂に入って。いろんなことを話して」
「ふうん。バードさんとも?」
「そう。バードは血の繋がりのある子ではないけど、家族だった」
「血の繋がりって?」
「自分の遺伝子を受け継いだ子。バードはそうじゃなかったということ」
「ああ、そういうことね。じゃ、私もパパの娘かな」
「当然じゃないか。なにを今更」
チョットマは気分が快晴になったように感じた。
「ということは、バードさんと私、姉妹ね!」
「ハハ、まあ、そういうことになるかな」
「やった!」
チョットマはドラッグや武器弾薬、日用品などを売る店のドアを開けた。
「あっ」
そこに、ひとりの女がいた。
「あなた」
チョットマは、少し逡巡してから声を掛けた。
「あなたは」
相手もこちらを知っているようだ。
「ンドペキの知り合いでしょ」
チョットマは、こんな風に知らない人間に声を掛けることに慣れていない。
むしろ初めての経験。
声を掛けた方のチョットマがモジモジしているうちに、相手に主導権を握られてしまった。
「あなた、チョットマ、よね」
「……」
「何してるの?」
「濃縮ビタミン剤を」
「ふうん。でも、こんなところでのんびりしてていいの?」
「は?」
「だって、もうみんなは出発したんじゃない?」
「えっ」
いきなりガツンと頭を殴られたような気がした。
なぜ知っている。
誰だ、この女は。