102 充満している強烈な意思や、かすかな気
どれほどの時間、そうしていただろう。
時間の概念がどこかにいってしまった。
目が覚めたのがほんの数分前のことだったのか、もう丸一日経っているのかさえ、わからなくなっていた。
少し腕を動かし、体を動かした。
相変わらず痛みはあるが、最初に感じたような鮮烈な痛みではない。
立ち上がることに、どれほどの意味があるのかわからなかったが、少しでも移動すれば、何かわかるかもしれない。
事態が好転するか、暗転するか。
ふたつに一つ。
だが、アヤは心を決めた。
周囲に人はいない、という自分の感覚を信じて。
充満している強烈な意思や、かすかな気が、悪意のものでないことを信じて。
アヤは時間をかけて座り込み、また長い時間をかけて立ち上がった。
立ち上がると、床が傾いていることがよくわかる。
一歩を踏み出す前に、再び周囲を窺った。
変化はない。
埃っぽい臭いが薄れたように感じるが、それは床から離れたから。
ためらいがちに声を出した。
「誰かいますか」
「あの、誰かいませんか。私はバードといいます」
声は反響するばかり。
相変わらず強烈な意思を感じるが、応じる様子はない。
叫びたい衝動に駆られるが、思いとどまった。
助けを求めるのは、この状況をもう少し把握してから。
アヤはそろそろと右足を前にずらしていった。
傾斜に従って。
そして、右足に重心を移した瞬間。
左足に違和感を感じた。
転倒した。
と同時に、左膝に強烈な痛みが走った。
一気に血が噴き出したことを感じ、激痛が瞬く間に全身に広がっていった。
足が切断された、と思ったとたん、意識が遠のいていく感触があった。
ああ、もうこれは……。
ここで死ねば、再生されるだろうか。
あるいは死は認識されずに、再生装置は働かないかもしれない……。
薄れ行く意識の中でも、おじさんのことは思わないように……。
今日は火曜日?
水曜日はいつもレイチェルとお昼ご飯を食べる約束をしている……。
明日、彼女は残念がるだろうか……。
アンドロのあの男は、私を探すだろうか……。
あれこれと世話を焼いてくれて、アンドロの世界のことを教えてくれた……。
名前は……、そうだ、ハワード……。
もう思考は途切れ途切れ。
意識が薄れて……。
痛烈な痛みだけが……。