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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第1章 天と地の新生活
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9話 喜んでお願い

 天界の学校、午前中最後の授業は総合学習。天使としてどんな役目を果たしたいかを見つけるために各自テーマを決めて一年間探求し、年度末に発表する。


 今は三月初旬。今日編入した武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)は、時間がないのとそもそも天使より幽霊寄りの立場なので、見学でよいとされた。さながら高校の授業見学に来た中学生かのように。


 サクラにとっては気張らなくていい時間ということでありがたかった。しかし他の生徒は真面目に取り組んでいるので、邪魔にならないよう注意する。メモ用紙とペンを持ち、授業を受けている姿勢をとって、周りの生徒を観察する。


「アゲハの探求テーマは何?」


 天界へ来て初めての友達、北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)に話しかける。アゲハとは一緒に暮らしているので、知っておけば学校外でもサポートできると考えた。


「やっぱりあのゲーム関係?」

「ええ。私の夢は、ストレイシープを導く神父」


 サクラはアゲハが人探しゲームに夢中だと知っている。けれどもそれと今彼女が言った将来の夢との繋がりが見えず、頭の中をハテナが駆け巡る。


「えっと、迷える子羊よ……的な?」

「ええ」


 誰かの依頼で遠くの誰かを探すゲームだから、人助けをしたいこととは繋がった。決して論者ではない。



「神父さん? 女の子もなれるの?」

「さあ? まあそれに近い役目ってだけで」


 女性の場合は修道女だが、その点はあまり気にしていない。天界を彷徨う魂を、求める魂の元へと届ける。そういう役目をアゲハは担いたいと考えている。


「神父とシープって響き似てるよねってだけ」

「ああ、そういう……」


 韻を踏むためのフレーズであって深い意味はないとサクラは理解した。けれどもこういう発表においては、印象的な言い回しの方が興味を引きつけやすいので、良いアイディアだと思った。


「私は良いと思うよ。頭にスッと入る響きで」

「……どうも」


 アゲハはふざけ半分で決めたタイトルだとは言いづらくなった。



「えっと、つまり人と人は何人かを経由するだけで繋がるからって話よね?」

「そう」


 アゲハがゲームでやっていることを、人の代わりに魂を対象に現実でもできるようになりたい。それが彼女の研究のコンセプトだとサクラは理解した。


「だからその道を調べて教えられるようにと」

「いや」


 誰かしらを辿れば誰にだって行き着くと仮定しても、じゃあ誰を辿るのか知るのが難しい。そこでアゲハの夢が活きるのかと思いきや否定された。彼女はそんな面倒を引き受ける気はない。


「誰々に会えばいいかもって告げるだけ」

「……もうちょっと頑張らない? それだけでも凄いことかもしれないけど」


 サクラはアゲハがこういう性格していると思い返しつつも、ただ彼女の目指すレベル自体が容易だとも言い切れないから無理強いはしなかった。



「じゃあ私も手伝う」

「いいわよ。好きにやりたいし」


 課題は面倒だけど、自分の好きなように取り組みたい気持ちが強かった。


「他の教科なら喜んでお願いするけど」

「それは自分で頑張ろうね」


 ただサクラも、単に協力したくて名乗りを上げたわけではない。だから座学は断った。


「私が妹に会えたら、誰のおかげだったか教えるね。きっと参考になると思う」

「ああ、そういう……」


 サクラは妹を地上に残してここへ来てしまった。降りることは許されないようだが、このままお別れにはしたくない。だから天界で情報を集める。

 そして達成できたら、その仮定でどんなやりとりがあったかをアゲハに話す。それはきっと彼女の研究の材料になると思って。


 

 授業が終わり、昼休み。クラスメイトが席を立ち、雑談しながら教室を出ていく。


「食堂に行くの?」

「そうね」


 サクラの予想は当たった。だが今日が学校初日の彼女は食堂も初めてだ。どうするべきかは、経験者のアゲハに頼るしかない。


「案内するわ」

「ありがとう」


 話が早い。アゲハと知り合って三日目になるが、段々と意思疎通できるようになってきたとサクラは実感する。


「ここ」

「わあっ、素敵……」


 パンや麺類、サラダにデザート。好きな料理を自由に取って、まるでパーティー会場のような食堂が眼前に広がっている。

 こんな豪華なランチを毎日味わえるなんて、夢のようだと感動した。


 だが見渡すと違和感に気づいた。


「えっ、ああやって食べるの?」

「そうよ」


 立食はせず、きちんとテーブルで食べている。だが妙なことに、自分で取った料理を相席の生徒に食べさせている。箸で掴んで相手の口に放り、それを交互にやっているのだ。


「誰か誘って。食べさせ合いするルールだから」

「なんで!?」


 そんなルール地上になかった。だがここでは当たり前らしく、現にアゲハは平然と受け入れている。



「ここの教えは施しを与えることだから、ご飯は自分で選んで相手にあげるのよ」

「ああ、まあ……納得だけど」


 天使とは幸せを分け与える存在だと言われれば納得はする。ただサクラは乗り気ではなかった。いっそ購買でもいいから、無難に済ませたいとさえ思う。


「……ううん、ここで逃げたらこの生活に慣れないまま。ねえアゲハ、よかったら……」


 思い切って食堂に行こう。サクラはそう決断しアゲハを誘いかけたが、そうすると、彼女が先週まで組んでいた生徒が困ってしまう。


「あなたは誰と来ていたの?」

「最近は来てないけど」


 アゲハには、一緒に食べる相手がいなかった。サクラは彼女の呟きを聞いて、ズボラな性格が災いして誰も誘ってくれないのだと察し、かわいそうなあまり泣きかけた。


「今日から私がいるからねっ」

「いや私もう帰るし」


 複雑な事情があるのか、単に相手がいないのか。何にせよアゲハにもう寂しい思いをさせまいと誓った。

 だが当の本人は食堂から去ろうとする。最初からサクラを案内するためにここへ来ていた。



「具合悪いの!?」

「いや疲れた。いつも半日で帰ってる」


 まだ午後の授業がある。早退するのは体調不良を隠しているのかと心配したが、単なるボイコットを狙っているだけだった。

 サクラの想像以上の怠け者だった。安堵したが、通すつもりはない。


「駄目よ?」

「サクラも帰らない?」


 引き留められたアゲハはサクラも巻き込もうとする。しかし誘惑には負けなかった。


「というか鞄、教室でしょ?」

「あー」


 アゲハは大抵は昼休みになった途端に鞄を持って帰宅するが、今日はサクラを案内するために手ぶらだった。たまに手ぶらで帰ることもあるが、そういうときは取りに帰らない。


「明日また来るし置いていってよくない?」

「駄目でしょ! 教科書とか宿題とか」


 忘れていっても困らない。そう割り切って取りに戻らない日もある。今日もそうしていいと考えたが、サクラは許さなかった。



「それに私も困るものっ」

「うーん……」


 鞄は二人で共用しているから、無いと彼女は困ってしまう。


 確かにサクラの言う通り、今までとは勝手が違う。アゲハは取りに戻らないといけないと考えたが、やっぱりそれも面倒。少し考えると、サクラの顔を見てアイディアが浮かんだ。


「じゃあサクラが持って帰って」

「おい!」


 合理的ではあるがそういう問題ではない。サクラは頑なにアゲハの早退をストップする。


「ほら行くよ!」


 サクラはアゲハの手を引っ張り食堂に入る。流されるままアゲハは、このまま粘っていれば昼休みが終わって空腹を理由に早退できたのにと残念がっていた。


 それから二人は、お互いにアレ食べたいと伝えながら料理を選んだ。



「ほら、あーんして」

「あ」

「これって……」


 席に着くとサクラは箸で摘んでアゲハに向ける。素直に口を開けてくれてよかったが、恋人みたいなシチュエーションに戸惑う。

 けれども周りを見渡すと当たり前のようにやっているので、恥ずかしくなくなった。


「カップルぽいけど、皆やってると恥ずかしくないね」

「ふーん」


 初々しい様子に、経験はないのかとアゲハは気になった。


「妹にはしてあげないの?」

「同い年だしね。それに……」


 生き別れの妹とは同い年。食事を食べさせてあげたことはない。ただ仮にやったことがあったとしても、同い年のアゲハにやるのとは勝手が違う。


「アゲハを妹と思うのは難しいな」

「ふーん」


 年の離れた兄弟に食事をさせる経験があっても、同級生に同じように実践することはできない。そんなサクラにアゲハは一つ策が浮かんだ。


「おねーちゃんっ」

「うっ……」


 甘い声と上目遣いにサクラの心は揺さぶられた。アゲハは妹ではないと自分に内心で言い聞かせて理性を保とうとする。



「ごちそーさま、お姉ちゃん」

「よく食べました」

「一緒に帰ろお姉ちゃん」

「ええ、もちろん」


 手を繋いで昇降口を出た。


「って待って! 授業!」

「ちっ」


 危うく午後の授業をサボるところだった。初日から問題行動を起こすわけにはいかないと、急いで引き返し事なきを得た。



 天界の学校が終わり帰路につくサクラ。イヤホンを耳にあて、スマホに入れてある曲を流す。少し聞いては別の曲に変え、聞きながら画面をスクロールして次に流す曲を考える。


「妹の録音?」

「わっ、アゲハか……」


 顔を覗き込むようにふっと現れたアゲハに驚きながら、イヤホンを耳から外して鞄にしまう。別にアゲハに惑わされた妹の声を聞いていたわけではない。


「飛び込む勇気をくれる曲を探してて」

「線路に?」

「違うわ。地面によ」


 そんな自殺教唆の曲など探していない。天界は雲が地面で、抜け出すと地上に行ける。しかしコンクリートのように固いうえに、穴があるかは分からない。


 ただサクラはここに来るとき風に飛ばされて雲を突き破ったので、勢いよく飛び込むと突き抜けられる。現にここで会った天界と地上を行き来する天使も、空高く飛んでダイブすればいいと言って実践していた。


「曲聞いていれば怖くないかもって思ったんだけど……」


 けれどもサクラには真似できなかった。そこで今日の音楽の授業を参考に、テンションが上がる曲を聞きながらやればビビらず飛び込めそうと考えたのだ。

 だが良い曲が見つからない。


「良い方法があるわ」

「え、教えて!」


 曲とは違うが、飛び込む勇気を出せるようになりたいのなら良い案がある。



「校則を破るの。学校の皆を敵に回せば、逃げたい気持ちが強くなる」

「ああ、自分を追い詰めて……」


 ギリギリの状況なら勢いに任せられる。着眼点は良いとサクラは共感したが、かといって学校の規則を破ろうとは思わなかった。


「明日から毎日休みましょー、お姉ちゃんっ」

「だーめ」


 サクラの事情にかこつけて学校をサボりたい魂胆が見え見えだ。妹のフリをしても無駄。当然そのプランはボツとした。



「でもやっぱり無理かも」

「無理かどうかじゃなくて」


 アゲハも提案してみて実現は難しいと思い直した。できるできないの問題ではないとサクラはツッコミを入れるも、気にせず呟く。


「もしそんなことできるなら、私はとうに追放されてるもの」

「自覚あるなら改善して!」


 自分のだらけっぷりが許されているうちは、追われる身になることはない。そう開き直るアゲハに、まずいことをしていると分かっているなら更生してほしいと訴えかける。



「まー無事みたいだし、焦らなくていいんじゃない?」


 地上の妹の行方はアゲハも知っている。彼女は風に流され行き着いた街で元気に過ごしている。だから急ぐ必要はない。

 それはサクラも分かっている。何より彼女を縛るのは、自分は降りてはいけない立場だと天界の主に告げられたこと。一年前に池に溺れ、生まれ変わったこと姿。本来ならとっくに天界に来ていないといけなかったが、なぜか数ヶ月も池に残り続けていて、桜の咲く頃に生まれ変わって池を出た。

 飛ばされるまでは普通に暮らしていたが、本来は地上にいては行けない存在。ゆえに天界へ飛ばされた。それが心のブレーキになって、飛び込もうとしても怖くなる。


「でも、何もしないでいるのは嫌。いつか地上のことを忘れてしまいそう」


 だがもっと怖いのは、後回しでいいと割り切って地上に行く気が失せてしまうこと。だからサクラは天界の生活に慣れようと意識しつつ、地上へ行くことも考えている。


「それは大丈夫」

「アゲハ……」


 すぐに励ましてくれて、サクラは救われた気になった。


「地上の方が楽だったって思うようになるから」

「それは嫌だ……」


 そんな理由で地上を思い出したくないと嘆いた。

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