7話 寒いの平気
「じゃーん。どう?」
広小路冬雪は着替えて部屋を飛び出し、久里浜華燐に踊るように見せつける。
「似合ってるじゃない。私の夏服だけど、ちょっと大きいから暖かそう」
「えへへ〜」
姉と空の散歩中に風に飛ばされたフユキ。流された先でカリンと出会い、姉と再会するまではここに暮らすと決めた。明日から彼女と同じ中学校に通うので、制服を試着した。今は三月上旬なので夏服だと寒いが、サイズが大きいので肌面積は少し減らせている。
「カーディガンでも着ておけばよさそうだし、寒ければ私が」
「私寒いの平気だよ」
カリンには炎を出す"ノーツ"があるので、そばに来れば暖を取れる。だがフユキには雪の風を起こす力があるので、この服装でもつらくない。
事実でもカリンは頬を膨らませた。
「ほら、この通り」
「ちょっとそれ私の!」
フユキは雪を発生させて自分に降らせた。カリンは貸した制服を濡らされるのは嫌だった。
「じゃあカリンも着替えてっ」
「私も? この後買い物行くのに」
「だからだよ」
今日の予定はフユキの買い物。地元のアウトレットモールに行って、服や靴、美容グッズなど、これからの生活に必要な物を揃える。フユキの試着が済んだら出発する予定だ。
「制服デートしようっ」
「で、デートって……」
女子同士だがカリンは言葉の響きで恥ずかしくなった。だが問題はそのために休日に制服を着て街に出ることであり、すぐに抵抗した。
「って、いや、なんで制服なの!? 学校帰りでもないのに」
「今しかできないからだよっ」
カリンははしゃぐフユキに圧倒されたが、確かに彼女は姉と再会するまでしかこの島にいない。いつ会えるかは不明だが、居場所に目星はついているから近いうち果たせるだろう。だから、この制服を着る日も少ない。
「……分かったわ。すぐ支度する」
逸れたことで偶然出会ったカリンとの思い出を作りたい。そんな期待に応えようと、制服に着替えることにした。
「バスで行くからICカード忘れずにね」
「持ってるよー」
着替えにいく前にカリンは確認した。駅からモールへバスが通っているが、無料ではない。
「まだ?」
「そんなかかってないでしょ。待ってなさい」
部屋に戻って間もないのにフユキが急かしてくる。着替えに手こずっているわけでもないから、おとなしく待っているよう注意する。
制服を着るだけ。それは平日朝いつもしていること。いつも通りでいい。そう自分に言い聞かせながら、袖を通した。
「カリンの制服どんなだろう……楽しみーっ」
廊下から聞こえる不穏な声に、カリンは微かな抵抗感の正体を予感した。フユキに見られると思うとプレッシャーがかかる。
「お、お待たせ」
「おおっ……」
普段着や寝間着とはまた違う印象に、フユキは圧された。会ったときから炎使いとイメージを植えつけられていたせいか、普通の制服姿とのギャップを感じる。
「何か?」
「ううん、普通だなあって……」
「まあ制服だもの」
フユキはカリンの姿にどこか自分を押し殺しているような雰囲気を感じたが、それをうまく説明できないので言及はしなかった。
「あ、制服なのに学生カバンじゃないからだ!」
「ああ、確かに。でも……」
言われてカリンも、この格好で学校指定カバンを持たないことが違和感の正体と気づいた。しかし今日持っていこうとは思わない。わざわざ教科書を抜きたくないし、フユキはそもそもカバンがない。
「……そうね、カバンは私のに詰めて一緒に登校すればいい。買い物行きましょう」
教科書は見せるから、必要なのはフユキの分のノート。それくらいなら入るから、彼女の分の学校カバンは準備しなくていい。予定通り出発すると決めた。
歩いて駅に向かい、バスに乗って並んで座る。中は結構空いていた。
「まるでバス通学みたいだね」
「そうね」
カリンは今のフユキの感想をヒントに、今日は転校生への街案内という体で捉えて、制服なのはそのためということにして羞恥心を抑えた。
それから十分後、目当てのモールに到着。島で最大級の規模と店舗数で、客も大勢いる。
「広ーい」
「そうね」
目を輝かせるフユキと対照的に、カリンのリアクションは淡白だった。だがフユキは気にせずモニュメントの写真を撮ったり、早歩きでストリートに進む。
「見てっ、三着以上で割引だって」
「そんなに要らないでしょう……」
店先の告知をテンション高く連携する。長居するわけでもないだろうにそんなに買わなくてもいいと思えてならないが、良い手が浮かんだ。
「まあ、私も一緒に買ってもいいけど」
「わあっ、あっちは全部割引みたい」
二人で三着にすればいい。もじもじしながらそう提案するカリンだが、フユキの興味はすでに違う店に向いていて聞こえていなかった。
「よく選んで買いなさい。服のお店は多いみたいだし」
「そうだね」
「帰りの荷物が増えて大変だから」
行き当たりばったりで買っているとどんどん荷物が増えていく。一巡りしてから買うよう勧めると、フユキも納得した。
「作画も大変だしね」
「何の話かしら?」
いつの回でも同じ服を着ているアニメを想像して、納得した。
ここにはフードコートや喫茶店など、飲食店もある。
「このカフェどこ?」
「えっと……」
フユキとカリンは両面の看板を挟み、フユキが写真付き店名リストから行きたい店名を告げ、カリンが番号付き店名リストから地図上を探し、目的地へのルートを調べる。
「ここ曲がるようね」
「ねえ見て! 観覧車!」
フユキはふと見上げると正面の観覧車に気づいた。前にはまだ店が続いているが、突っ切れば遊園地に着く。ただ探している店はその通り道にはない。
「行ってみようよっ」
「自由ね……」
カリンは少し進む度に予定が変わるフユキに、呆れつつも気持ちは分かるのでついていった。
一度屋内に入りあらゆる店を素通りして自動ドアから出ると、外から大勢の悲鳴が聞こえてきた。見るとジェットコースターが走っている。
「凄い! ねえ行こうよ!」
そこは観覧車だけの遊園地ではない。他にアトラクションがいっぱいある。全部回れば一日が終わってしまう。
「気持ちは分かるけど、その調子じゃ日が暮れるわ」
「でもっ、お店は夜でもいいじゃん!」
閉園後に買い物をすれば回り切れる。そうフユキは主張するが、苦し紛れだ。カリンとしては何か買えないと困るわけではないが、彼女が困るのは見逃せなかった。
「この格好だし、夜出歩いていると補導されるかも」
「くっ、制服じゃなければ……」
フユキはこうなる事態になると思わず、浮かれて制服で来たことを後悔した。
「まあどんな格好でも中学生に思われそうだけど」
「うっ……」
ただカリンは、フユキの背丈や顔つきを見れば学生と気づかれるように思えてならなかった。比べられたことにフユキの心は傷ついた。
「どうせ私はちんちくりんよ!」
「ちょっ、待って!」
道路に向かって走り去ってしまったが、カリンも走ればすぐに追いついた。
「あ、入場無料なのね」
「入ろうっ、ちょっとだけだから」
一旦遊園地の入口まで行ってみると、入場にはお金がかからないことが分かった。アトラクションを乗るときにチケットを購入するから、何回かに分けても余計なお金はかからないというわけだ。
「一回よ」
「じゃあ観覧車で」
だがちょっとの加減をカリンは念押しする。そこでフユキは、観覧車だけ乗って買い物に戻りたいと言った。カリンは譲歩し付き添うことにした。
「赤、青……九色?」
「そうね」
並んでいる間にゴンドラを見上げていた。七色と思いきや、白など他の色もある。
「収まりがいいからじゃない? 360°を等分すると」
「ああ、確かに」
同じ色のゴンドラが対角線上にあり、四基を結ぶと正方形ができる。七等分はできないから、九色なことに合点がいった。
「何色がいい?」
「どれも同じでしょう」
フユキはカリンに尋ねるも、速さもルートも同じだから、どれに乗っても変わらないと返された。
「選り好みして遅くなったら嫌だし」
「変わらないよ。一周五分のペースだし」
観覧車に乗るために来たのではない。こだわるあまり買い物が終わらないと本末転倒だから、カリンは番が回ってきたときの台に乗ればいいと思っている。
「よし、乗るよー」
「何よ。どれでもいいんじゃない」
結局フユキは色を指定せず、今来た白いゴンドラに乗った。カリンも続いた。
「ちょっとこれ透けてるわ!」
「どれも同じだって言うから」
だがカリンは乗った後に足元が透明なことに気づいた。これはシースルータイプであり、景色を全方向から眺められる特別なゴンドラ。まるで浮いている気分になり、彼女にとっては拷問に閉じ込められた気分だ。
平気なフユキは、色は何でもいいと言ったのはカリンの方だと呆れている。それに彼女は普段から風に乗って旅しているので、透ける床は怖くない。
「隣行っていい?……」
「どうぞ」
カリンは不安を鎮めるためにフユキの横に移動した。すると少し気が楽になり、外の景色を見た。透明タイプでなくても横から外は見えるから、眺めるのは平気だった。
海を見て、カリンは尋ねる。
「フユキ、あなたはどっちから来たの?」
「あの海の向こうだよ」
遊園地自体が海の近くにあるので、観覧車の窓からよく見える。そしてフユキが暮らしていた街は、その海の向こうにある。
「良かったわね。海に落ちなくて」
「池に落ちたけどね」
フユキは風に乗って散歩していて、風が乱れてこの島に落ち、カリンと出会った。運が悪ければ島に上陸できず海にダイブしていたかもしれなかったと茶化すも、彼女が落ちたのは家の庭にある池で、水中なことに変わりはなかった。
「また来ようね」
「そうね」
空の旅を終え、遊園地を出る二人。再びアウトレットモールに移動した。他にやりたいアトラクションはあるが一つや二つではないので、日を改めることにした。
今度は別のルートでモール内を物色する。すると脇道にオレンジ色の自動販売機を見つけた。
「見て見て! 生搾りの自販機だって!」
「ここにもあるのね……」
カリンは生まれた街でも見たことがあったが、ここの値段に驚いた。
「えっ安い……」
「飲んでみようっと」
ここのは150円も安い。そうこうしている間にフユキがお金を投入していた。
「カリンはいいの?」
「ええ。フードコートとかあるし……」
飲みたい気持ちはあるが、一通り見て判断する。ちょうど気になる食べ物が見えた。
「わあっ、ソフトクリーム」
近くの牧場からこれまた搾りたての牛乳で作るソフトクリーム。なんと今は数量限定のいちご盛りも売っている。
「買おうかしら」
「私もっ」
カリンは限定の文字に流され即決した。するとフユキも、一気に飲み干し列に並ぶ。
「お腹大丈夫?」
「私寒いの平気だよ」
また同じ言葉を返された。本人が大丈夫というのならとカリンは受け止め、注文した。
「半額だって!」
「本当だわ」
しばらく歩いていると、服の半額セールに出会した。他の店より圧倒的なサービスだが、売り場を見て納得した。
「外で売ってるから、割引多いわね」
「高っ……あ、でもここから半額だから……」
店の中より、外の通路の方が汚れやすい。その分、割引率を上げているのだと考えたが、値札を見たフユキは金額に驚いていた。カリンも気になり、値札を覗く。
「いや、半額でこれじゃない?」
「本当だ! こんなの買えない」
元が一万円以上のものだった。フユキは諦め、割引率は低くてもお手頃な値段の服を買うことにした。
無事に買い物は終わり、すっかり手荷物ができたが帰りも駅まではバスだ。
「あれ、混んでる」
「本当ね。行きと全然違う……」
一時間に三、四本あるから、空くタイミングを窺ってもいいと思ったが、よく見ると勘違いだった。
「いや、あれ高速バスの列よ」
「あ、あっちか。空いてるね」
行き先を確かめたら、来た駅方面のバスはその後ろで、行列はない。乗れるチャンスだ。
だが、乗り場に行く前に出発してしまった。
「……迷ってなければ乗れたのに」
「次待ちましょう」
渋滞と見間違えて足を止めた数秒が、二人の足止めを生み出した。
「じゃあもう一回遊園地に」
「そんな時間はない」
待たないといけないなら仕方ないと目を輝かせるフユキに、入口へ往復している間に次のバスが来るという現実を突きつけた。