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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第3章 新しい日常
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51話 約束のスタートライン

「今北産業」

「私じゃサクラを抱えて天界に行けない。だからフユキと再現してもらう。喧嘩して飛んでったあのときを」


 今来たから三行で流れを説明してくれと、北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)福俵(ふくたわら)天使(アツカ)に状況を聞いた。


 自分が死者の生まれ変わりだということは迂闊に他言してはならない。その約束を守るために察した相手の頭を攻撃し記憶を消すという暴挙に出た武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)は、罰として今から天界に連れていかれる。

 そのためにアツカは彼女の家までやって来たが、連れていこうとすると一人で飛ぶときほどのスピードを出せず、遅いと上空の空気の薄さに堪えきれない。


 なら代わりに、以前サクラが天界へ行った方法を再現する。その方法とはサクラと妹の広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)と特殊能力で起こした風をぶつけ合うこと。その結果、凄まじい旋風が発生してサクラだけを天界まで吹き飛ばす。それで目的達成ということだ。


 アゲハは理屈を理解したものの、それはサクラとフユキの意思で実現するものであり、二人が決行するとは思えなかった。フユキにとっては、死んでもう会えないと思っていた姉と再会できたばかりなのに、自らの手で本来の居場所に送るよう言われているのだから。


 ただ、サクラは決行するようフユキの説得を試みる。この事態は自分が招いた責任だと受け止めているから、今さら回避しようと足掻くつもりはない。



「いきなりでごめんね、フユキ。でもこれは、今までの積み重ねが招いた、逃れようのない運命で」

「どうして!? どうしてお姉ちゃんは本気なの!?」


 もう手遅れと諦めるサクラと対照的に、フユキは見逃してもらえることに懸けている。そんなフユキの反論を、サクラは力ずくで封じに動く。


「行くよ! さあ、風で押しなさい!」


 サクラは間髪入れず特殊能力を発動し、桜風を吹かせてフユキを押す。その先には池があり、このままでは落ちてしまう。自分と同じ目に遭いたくなければ能力を使って抵抗するよう呼びかけて、約三ヶ月前の離ればなれからの天界突入の再現を図る。


「もうっ、分かったよ!」


 フユキも意地になり、雪の風を吹かせて応戦する。二人の風が混ざり合って、旋風が巻き起こる。サクラの体が宙に浮き、フユキは押し潰されるように地に倒れた。


「お姉ちゃん!」


 こうなると読めていたフユキはすぐさま起き上がり、風で体を浮かせてサクラを追いかける。天界へは行かせない。もう離ればなれにならない。


 そんな思いを踏みにじるかのように、アツカが飛んでフユキに頭突きした。予想外の奇襲に怯むも、執念でサクラを追い、手を掴んだ。アツカは反動で落下しアゲハに激突した。

 フユキは上昇気流に引っ張られるサクラを必死で支え、風が止むまで耐えきった。頭突きと踏ん張りで力を使い果たした彼女を支えるようにサクラは支え返し、ゆっくりと降り立った。



「……お姉ちゃん」

「フユキ!? ……どうして」


 助けてくれたことは分かる。けれどもこれは後回しになっただけ。風のぶつけ合いから仕切り直しになるだけだとサクラは考える。

 そう決めつける前に自分の意見を聞いてほしいから、フユキは引き留めた。そして間に合ったことに安堵し、本題に入る。


「私がアゲハと仲良くする。そうすれば、お姉ちゃんはここに居られるんだから」

「それは関係」

「ある。だって私たちのことを相談したのがきっかけでこうなったって言ってた」


 サクラは地上を去る原因は彼女自身にある。一緒に暮らすアゲハとフユキが彼女を巡って揉めるから相談しにいった結果、そもそもなぜアゲハは彼女の家を選んだのかと疑問を抱かれ、忘れるようにショックを与えた。

 だが、そもそも二人が揉めていなければ相談することも疑われることもなかったわけで、その反省を受けてこれから仲良くすれば再発しないと言い張れる。


「仲良くできなかったから出ていくことになったのなら、これから気をつける。だからっ」

「違う! これは私の性格の問題! ボロが出て、暴力で解決する酷い私は許されない」

「それは違う!」


 宣言を守れなかったことが原因と捉えるフユキと、宣言と関係なく血の気が多い素性に問題があると捉えるサクラ。どちらも間違っていないが、フユキは相手の意見を認める気はない。


「お姉ちゃんは優しいよ! 私を助けてくれたし、そのせいで、お姉ちゃんは……」


 酷い姉だとフユキは思っていない。前に池に落ちそうになった自分を、身を呈して庇ってくれた。そのせいで代わりに死んでしまったことを思い返すと、つらくて涙が出る。


「……あれも結局、私が吹き飛ばしたせいで」

「そうだけど、でも助けてくれたじゃん」


 落ちそうになったきっかけは姉妹喧嘩だが、フユキにとっては救ってくれたことが大きかった。それに落とすつもりで風を吹かせたつもりでないことも分かっている。


 だからフユキにとってのサクラは、優しい姉だ。それは今も変わっていない。



「だから、お姉ちゃんは悪いことしない。私たちが仲良くすれば、もう大丈夫だよ」


 揉めなくなればサクラは精神的に落ち着き、カッとなった行動に出なくなる。そう信じるフユキは、自分たちの問題と受け止めると告げる。


「これからも一緒にいようっ」

「駄目に決まってるでしょ」


 否定したのはサクラではない。割って入ったアツカの声だ。彼女はフユキに邪魔された怒りで燃えていた。


「よくも邪魔してくれたわね。力ずくでも連れていく!」


 アツカにとってはサクラを抱えて飛んで雲の上へ抜けられるかが課題だったので、それは頑張れば何とかなると割り切った。

 フユキに協力の意思が見られない以上、サクラの送還を二人に任せるのは諦める。そして邪魔されないよう、気絶させてから連れていくと決めた。


「負けない! やろう、お姉ちゃん」

「ええ!」


 フユキはサクラと両手を繋いでコーヒーカップのように回り、浮き上がって風の渦を起こす。自分たちが台風になりきって、アツカの頭突きに対抗する。


 両者が激突し力勝負になると思えたそのとき、サクラは手を離してフユキを抱き寄せ、背中でアツカの頭突きを受けた。

 フユキは突然の変化と、衝撃を和らげてくれたサクラに困惑した。力なく落下する彼女を支え、ゆっくり地面に降り立った。


「お姉ちゃん! しっかりして! ……渡さないから!」


 サクラが心配だが、アツカの動向も放っておけない。倒れた隙に連れていかれないよう警戒するも、彼女は背を向け去っていく。すれ違い様にアゲハに一言言い残し、帰っていった。



「お姉ちゃん! 大丈夫?」

「あれ……えっと、私は」


 しばらくしてサクラは意識を取り戻した。空と雲が見えるから、ここは天界ではなく地上と分かる。そしてフユキの声と顔で、本当に地上だと確信した。


「良かった……もう大丈夫だよ、お姉ちゃんっ」

「大丈夫って……私、行かなくていいの?」


 見渡すもアツカはいない。アゲハはいるが、首を横に振るだけ。事情の説明はフユキに任せる気でいる。


「もう帰った。私たちでやっつけようとしたとき……あそこで踏み留まったのは及第点だって」

「……つまり」

「ここにいていいって!」


 フユキは喜び抱きついてきた。サクラは気を失う前のことを覚えている。フユキの奮起で協力してアツカを追い返そうと、力には力で対抗しようと乗ったとき、それでは駄目だと思って咄嗟にキャンセルを狙った。けれどもフユキだけに攻撃させるわけにも、彼女に怪我をさせるわけにもいかなかった。

 だから抱き寄せ、背中を盾にした。その判断で許しを得られたのだ。



「でも、問題はこれからだよね」


 アツカという敵は去ったが、また来ないとも限らない。だが約束を守れば、サクラが連れ去られることもない。フユキはアゲハを見つめ、手を差し出した。


「今まで邪険にしててごめん。お姉ちゃんを取られそうだったり、能力の順位で負けてるのが悔しくて当たりが強かったけど……頑張って直すから」


 フユキはアゲハに和解を求める。手を取る前にサクラに視線を向けると、彼女は黙って頷いた。


「私こそ、サクラと一緒に暮らしてて……こんな姉がいて羨ましくて、ちょっかい出し過ぎてた」


 アゲハもアツカ同様に天界の生まれで、二ヶ月前までそこで暮らしていた。突然来たサクラを居候として迎え入れての一ヶ月は充実していたし、彼女のおかげで成長した。

 サクラが地上に戻っての一ヶ月は虚無だった。地上への研修に行ったことにして黙って残っていれば、学校も休めて自由に過ごせると期待していたが、彼女がいないと退屈だった。だからサボりがバレて地上に行かされたとき、わざわざ彼女の家を訪ねてきたわけで。

 けれどもそこにフユキがいたのが、少し気に入らなかった。そして向こうからも疎まれていると分かったうえで嫌がるような言動を振る舞ってしまった。


 お互いに反省し、悪い所は直すと誓い、これで正式に、仲良くする約束のスタートラインに並び立った。



「じゃあ、もう一度確かめてみようか」


 サクラの提案で二人はタブレット端末を持った。アゲハがこの家に来た日にやった、決意表明。仲良くできるかを◯か✕で回答し、同時にオープンする。両方◯なら問題なし、両方✕ならサクラが出ていく。回答が割れたら◯と書いた方が出ていく。そんなルールだ。


「じゃあ聞かせて。二人とも、お互いと仲良くできるよね?」


 そして二人の回答は両方◯。これも前回と同じだが、覚悟が違うと見てとれる。

 これが答えだと理解したサクラは、一件落着だと安堵した。



 その後、サクラは被害者に謝りにいった。正体に気づかれる前に口封じを図った保土ケ谷(ほどがや)(クルリ)と、逃げる途中で出会し協力を求め、最後は盾にした大船(おおふな)切裏(コトリ)の二人に。


 弁明の際は、とある秘密があって気づかれる前に忘れてもらおうと強硬手段に及んでしまったと告げ、けれども秘密は明かさず、また忘れてほしいと呼びかけた。二人はいきなり攻撃されたことに怒っていたが、謝って済む程度だったのでサクラはホッとした。


 すると偶然か必然か、アツカと遭遇した。二人とは家が近いので、会うのも不思議ではない。ただサクラは覚悟し、話し掛けにいった。


「フユキたちから聞いたけど、私のこと見逃してくれたのよね」

「うん。サクラの心を信じて」


 もし戦うことを選んでいたら、自分が負けても援軍を呼んで連行するつもりでいた。自棄になって力で捩じ伏せにくることも十分考えられた。

 けれどもサクラはこれ以上の問題を起こすことを避け、フユキの体と名誉を守ることを選んだ。その判断に至る意思は本物で、それがあれば今回のようなトラブルはもう起こさないと信用できる。


 その意思をアツカ本人から聞けて、サクラは安堵した。



「それで、巻き込んだ二人に何か言われたら……私のせいってことにしておいて」


 クルリとコトリに手を出したのはアツカの方だ。サクラにも身代わりにしたという非はあるが、直接危害を加えた点で二人はアツカに怒っているかもしれないし、三人は同じ中学校に通っているから他校生のサクラの知らないところでトラブルが起きかねない。

 そうなった際はサクラが悪いと押しつけて構わないと告げるも、アツカは首を横に振る。


「あれくらい毎日やってるから」

「毎日!?」

「うん。昼休みの鬼ごっこで」


 挨拶代わりに頭をぶつけてくるとは聞いていた。目当ての人のいる方向が感覚で分かるが、勢いあまってぶつかってしまうこともある。ただそう日常的な出来事だという理由で片付けていい話なのかとサクラは困惑した。ただ、平気というならそう信じることにした。


「まあ、そういうのに慣れてないと大変だからね。あっちに行くのは」

「ああ……」


 サクラはアツカが痛み慣れしたがる理由を察した。天界に行くのは負担が大きいから、体を慣らす意味もあると。



「……ねえアツカ。私が倒れているとき、フユキは何か言ってた?」


 天界の話でふと思い出した。アツカが撤退したのはサクラの意思を認めたからと聞いているが、本当はフユキの説得もあったのではないかと思って尋ねる。


「お姉ちゃんは渡さない。そう叫んでいたわ」

「……それだけか。ありがとう」


 ただそれは考え過ぎだった。フユキは威嚇しただけで、説得の代償を支払うようなことはなかった。サクラは安心し、答えてくれたお礼を言った。


「だけって何さ」

「なんでぶつのよ……」


 唐突に頭突きを食らい、サクラは頭をさすって家に戻った。

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