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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第3章 新しい日常
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49話 私が出ていく

「これ、借りていた制服。ありがとう」

「どういたしまして」


 次の休日。武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)保土ケ谷(ほどがや)(クルリ)の家を訪れた。彼女に借りていた制服のクリーニングが終わったので、返すついでに遊びにきた。

 その制服はクルリが以前いた中学校のもので、もう着ない。サクラが編入先の制服を手に入れるまでの代用で貸していて、その役目も終えた。


「……桜の香りがする」

「嘘!? 私臭う!?」


 サクラが着ていたのが四月だけだったからそう思い込むだけで、ちゃんと綺麗になっている。クルリ自身も桜の香りがどんなものか分かっておらず、サクラが植物ではなく自分のことを言われたと勘違いし不安にさせるだけの発言だった。


「ところで、どっちが着心地良い?」

「え? ……それはさすがに今の方よ。ちゃんと採寸したし」

「あ、良かった……」


 サクラはクルリの質問の意図を探る。なんと答えるのが無難か考えた結果、クルリの体に合わせて作ったか自分に合わせたかの違いで後者が良いと答えた。

 ただ、そう理屈に沿って答えた結果クルリが善意で貸してくれたことにいちゃもんをつけるようにも聞こえてしまう。


「でも、どうして」

「だってせっかく買ったのにこっちのが良かったら嫌じゃん」

「ああ、そういう……」


 しかしサクラの思い過ごしだった。クルリは単に、買って損した気分じゃないか気にかけてくれたのだ。サクラは質問の意図が分かり、新しい制服が良いと答えて良かったと安堵した。



「ところでさ、クルリから見たフユキとアゲハ……どう? 仲良くやれてない?」


 広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)も呼ばずに遊びにきた理由は、二人のことを本人がいない場で聞くため。二人は特殊能力者としてBランクの評価で、クルリと同じ。


 彼女は二人やサクラとは学校が違うものの、同じランクで休日にはサクラのいない場で交流がある。そんなクルリから見た二人の様子をサクラは聞きたくて訪れた。


「そうねー。だいぶ良くなったと思う」

「そうなの」

「最初はフユキが一方的に対抗心剥き出しで」


 先にこの島に来て能力者認定されたのはフユキ。二ヶ月後にアゲハが来た。

 後から加わったアゲハに能力評価の順位を越され、フユキが追い抜こうと突っかかりにいく。クルリから見た二人の関係はそんな感じだ。


「でもクルリはそうでもない? 高いんだっけ」

「ううん、私も抜かれたよ」


 クルリが他人事のように言っているから、彼女は順位でアゲハに負けていないのかとサクラは推測したが実際は逆。クルリとフユキと同じ立場だ。


「まあAランクのサクラからしたら、下の順番なんてどうでもいいよね」

「いや、そんなつもりじゃなくて」


 他人事なのはサクラの方だ。Bランクの順位を覚えていないのがその証拠だとボロが出る。見下すつもりは本当になく、不用意な発言には気をつけようと意識した。



「とにかく対抗心は健在。この前さ、体力テストの練習をBランクの皆でやったんだけどフユキがとにかく挑戦的で」


 ランクも順位も簡単に変わるものではない。むしろ能力者と測定された時点から変わらない人が大半。けれどもフユキは現状に満足せず、あらゆる勝負に勝てば順位も上がると信じているのかアゲハをライバル視して止まない。


 もうすぐ一ヶ月経つものの意識は変わらずで、新体力テストに向けた練習と称した交流会でも事あるごとに勝負を持ちかけていた。


「本番はそうでもなかったけど……」

「うん。そうだろうね」


 だがそれは練習の話。本番に二人で争う気配はなかったように、一緒に測定していたサクラからは見えた。それは正解で、フユキは本番ではやりたくないから練習でアゲハに勝負を挑んだ。


「本番で競いなよって言ったら、お姉ちゃんの前で野蛮なことしたくないって」

「ああ、そういう……」


 フユキとアゲハも同じ中学校の生徒。体力テストは授業で実施するもので、一緒に授業に出るから本番でも競える。

 だがそれはサクラも同じ条件。姉の前で敵意剥き出しに争うことを嫌うフユキは、姉の見ていないところで勝負を望んだというわけだ。

 サクラと一緒に楽しくやりたい気持ちが上回った結果、本番では張り合わず温厚に済ませた。


「……ちなみにどっちが勝ったの?」


 サクラはフユキから何も聞いていない時点で彼女の望まない結果、すなわちアゲハの勝利に終わったと予想できたが、実際どうだったか気になるのでクルリに尋ねた。


「シャトルラン以外はアゲハの勝ち」

「わ、思った以上の圧勝……」


 八種目中七種目がアゲハの勝ちとは予想しなかった。唯一の黒星も飽きっぽいと続かない持久走で納得がいく。最後の種目ということもあって、何もしなくても合計点数で勝てるだけの差がついていたのだろう。


「長座も勝ったんだ」

「一回目はフユキの方が良かったよ。というか二回測る系はだいたい逆転した」


 負けたなかで意外に感じたのが長座体前屈。一ヶ月とはいえダンス部に所属するフユキの方が良い記録を出せるとサクラは思うが、今の話を聞くにアゲハが勝っている。


 サクラの読み通り一度はフユキが良い記録を出した。しかし二回測って良い方を残す種目でアゲハは一回目で頑張らず、フユキを糠喜びさせては落胆させていた。


「二回目はゲーム機置いて届くまでやったら凄い記録出た」

「なるほどね……」


 ただアゲハは帰宅部だからといって鍛えていないわけではない。ゲームしながらできるトレーニングで記録伸ばしに励んでいる。彼女なりに最大限のパフォーマンスを発揮できる状況を考えているのだ。フユキをおちょくることも、その原動力の一部だ。



「まあアゲハもしょっちゅうフユキにちょっかい出すもんだから……クルリはどう? 困ってない?」

「私は平気よ」

「そ、そう……ならいいわ」


 フユキが一方的に突っかかっているようで、アゲハがそう仕向けている節もある。何をしたら彼女が心を乱すかを分かったうえで、サクラのような第三者を巻き込むのをお構いなしに行動に移す。


 そんなイタズラ精神を外で発揮していないか心配だが、クルリは困っていないようで安堵した。


「アゲハが私と一緒に住みたいって曲げなくて……アツカとか他に候補はあったのに」

「そうなの?」


 サクラが二人の揉め事に敏感なのは、一緒に暮らしていて関わる時間が人より長いせいでもある。それはアゲハの意思とサクラの合意で決めたことだが、その意思がなければ二人の仲はもう少し落ち着いていたのではないかと思えてしまう。

 家では一緒というフユキの特権をアゲハも手に入れにこなかったら、彼女はもう少し心に余裕を持てていたかもしれない。


「うん。仲良くできないなら私が出ていくって約束もして」

「……もしかして、前に言ってた一緒に来るはずだった子? アゲハって」


 クルリはさっきのサクラの発言が気になっていた。アゲハの居候先は福俵(ふくたわら)天使(アツカ)も候補だったという発言。アツカはクルリの同級生で、もしそれが実現していたらアゲハも同級生になっていた。


 それはそれで賑やかになるが、問題はそこではなく二人の接点だ。そしてサクラはこの島に来て間もない頃、誰かと一緒に来るはずだったと言っていた。


「ほら、先月これをサクラに貸した日の」

「あっ……うん、そう」


 つい先ほど返された制服が思い出すきっかけだ。その発言を飛び出したのは、貸した日のことなのだ。



「アゲハってアツカと知り合いだったの? それで行方不明だったサクラと一緒にここに来る予定だった……」


 散りばめられた謎のピースが、クルリの脳内で繋がっていく。アゲハが居候を頼める候補のアツカは天使で、雲の上で行方不明になったサクラは本来アゲハと一緒に地上に来るはずだった。

 三人の関係性から、サクラがなぜ雲の上にいたのか暴かれる。そう察したサクラは、口封じに動く。


「忘れて!」


 サクラは願いを叫びつつクルリに頭突きをかまし、自分が言ったことも彼女が考えていたこともショックで忘れさせた。


「……クルリ?」


 不意討ちの衝撃でクルリは気絶した。サクラの思惑通りの結果だが、やり過ぎたと反省し不安になって様子を窺う。

 サクラの正体はフユキの死んだ姉の生まれ変わり。雲の上の天界に飛ばされたのも、この島に来るまでに一ヶ月もかかったのも、その間に天使であるアツカとアゲハと面識があったのも、彼女がこの世の存在ではないためだ。


 その正体を不用意に他言しないことを条件にサクラは地上に降りてフユキと再会した。天使の二人とフユキには素性を明かしているが、それ以上広まらないようアゲハも天使だということを伏せている。光輪(ヘイロー)は無いので見た目は普通の人と変わらない。


 クルリにバレるわけにはいかなかったので、勘が冴える前に強制的にストップをかけざるを得なかった。そしてこの結果だ。



 目が覚めたらなんと説明しようかサクラは悩んだ。秘密を守るのは確定事項で、話を逸らせなかったら捏造して納得させるしかない。アゲハ、アツカとの関係をどういう形で作り話にするか。


 唸るサクラの耳に、突如インターホンが響き、声を上げて驚いた。この感覚に覚えがある。しかしその線はない、あってはマズいと自分に言い聞かせながら、クルリに代わって応じた。


「はい」

「こんにちは」


 訪問者はアツカだった。嫌な予感は的中したが、残された可能性と思い過ごしを期待して問いかける。


「どうしてここに」

「近所だからっ」


 アツカは前回、唐突にサクラの居候先に現れた。用件は、天界から預かった伝言。生まれ変わりであることを他言しても、信頼できる範囲に留めると信じられるから連れ戻さない。だからフユキに明かしても今まで通り暮らせている。

 そのときの記憶が過ったが、今回はクルリの家だ。アツカの家の近所で、そもそも用事もクルリに対してのはずなので自分は無関係だと安堵した。


「クルリなら今トイレに」

「私はサクラに用があるんだ」

「あー、私が来るの知ってたんだ。クルリから聞いた?」


 タイミングは偶然と新信じたい。サクラ目当てでクルリの家に来たのは、アツカとクルリで連絡を取り合っていたと説明がつく。



「秘密を隠すために乱暴するなら……連れていくよ」


 悪い予感は当たった。クルリを気絶させたことはもうバレている。そしてその行為は天界の許しを超えていた。

 アツカの来訪理由は、サクラの強制送還だ。


「見逃してアツカ! 友達よね?」

「うん、だから……」


 アツカは微笑んで頷き、サクラはホッとする。


「あっちでも仲良くしようね」

「そういうのじゃない!」


 サクラは悪いことをしたが嫌いにはならない。アツカが天界に寄ったら会って遊ぼうと思えるくらいには彼女のことを気に入っており、天界では寂しくさせないと応援した。


 しかしサクラが求めているものは違う。地上にいられるように、口裏を合わせてほしいのだ。


「……仕方ない。友達だろうと容赦しないよ」


 だがそれが叶わないとなると、サクラは歯向かうことも厭わない。邪魔するなら手加減しないとアツカに宣言し、対立の意思を掲げる。

 そして家に立てこもりを決行した。鍵をかけて、クルリの部屋へと駆け戻る。



「あれ、痛っ……何してたんだっけ」


 意識が戻ったクルリは痛む額を押さえる。するといつの間にか部屋を出ていたサクラが、焦った様子で飛び込んできた。


「匿って! アツカが来た」

「アツ……ええっ!?」


 クルリはかくれんぼの記憶が蘇る。そしてアツカが家に来たと悟ると、慌てて部屋を出て玄関に向かった。

 サクラはクルリを追いかける。扉を開けにいかせないために。


「玄関はロックしたよ!」

「頭で破壊されるんだよ!」


 施錠なんて無駄な抵抗。扉を壊されるくらいなら先に外に出てストップさせる方が平和だから、クルリは疾走し、風になって扉の隙間から外に出る。


 元の体に戻したクルリに、天使の翼を生やして上空からダイビングヘッドするアツカが激突した。


 家に残されたサクラは、扉の向こうからゴン、バンという衝突音を聞いた。クルリがクッションになり、扉に被害は出なかった。サクラは急いで靴と荷物を回収し、窓から外へ飛び出した。


 能力で起こす風に乗り、空を飛んでアツカから逃げる。一方アツカは激突をものともせず、今度こそ玄関を突き破るべく飛び上がって勢いをつける。

 すると飛んで去っていく人影が見えた。サクラかと疑い、急降下せず人影を追って飛ぶ。サクラとアツカの鬼ごっこが始まった。

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