48話 声が響いた
「戻ってこないわね」
「うん……」
新体力テストの時間、次の種目を受けに移動中に武蔵浦春桜は黙って姿を眩ませた。一緒に周っていた久里浜華燐たち三人はその場で待ったが追いついてくる気配がない。
「人探しなら任せて。私が」
北参道天羽が名乗りを上げた。迷子探しと言うよりは知り合いの知り合いを辿って住所を特定するゲームが好きなアゲハは、その経験を活かしてサクラの行方も掴める自信がある。
「お姉ちゃんは私が見つける」
広小路冬雪が対抗した。アゲハのように迷子探しに活かせるスキルがあるわけではないが、サクラはフユキの姉だ。自分で探したいし、役目をアゲハに譲りたくない。
なおアゲハはフユキの言動を読んだうえで自分が探すと発言した。悔しがる顔が見たいから、正論で言い負かしに動く。
「あんたが行ったらペアのカリンが困るじゃん」
「な、なら二人で組んだら?」
「面倒くさ…… だったら私が行けばいいし」
体力テストは生徒でペアを組んで測定する。フユキのパートナーはカリンなので、彼女がサクラを探しにいくと残されたカリンが測定できなくなる。
その点アゲハのパートナーはサクラだから、見つかるまで測定できない。探しにいくデメリットがないのがフユキとの違いだ。
フユキは苦し紛れに、ペアをシャッフルすれば解決すると言い返す。パートナーを変えること自体は容易なことだが、普通はそうしない。
「筆跡が変わったら怪しまれると思う」
「う……でも……」
結果の筆跡が途中で変わると不正行為を疑われかねない。自分ではなく新しいパートナーが書いたと説明しても、なぜ変えたと論点が移り、サクラの失踪が大事になってしまうかもしれない。
だがそれでもフユキは引き下がらなかった。これ以上の言い分は思い当たらないが、負けたくない一心で粘る。
「最初からあんたがサクラと組んでいればねえ」
アゲハはトドメを刺した。一緒にテストを受けたいからサクラとペアは組まないというフユキの判断が招いたのがこの結果だと突きつけて、後悔に苛まらせた。
「筆跡の件なら、一旦メモして最後に書けば平気かも」
「それ! ありがとカリン」
ペアをシャッフルする間は欄外に薄く記録を書き、ペアを戻してから清書すれば最後まで同じパートナーだったようにごまかせる。
フユキはカリンの提案に助けられた。だがカリンは決して彼女を贔屓したわけではない。アゲハと対等にしたうえで、どちらの主張を通すかは勝負で決めてもらいたい。
「だからフユキが探しに行くでもいいけど、どっちが行くかは次の種目で勝った方にしたらどう?」
「勝った方……」
「私はそれでいいけど」
あわよくば勝負中にサクラが戻ってきてくれたら丸く収まるとカリンは期待していた。そして提案には二人とも乗り気だ。
残りの種目のうち、最後にやるシャトルランを除いた中から一種目を選び、その記録が良い方がサクラを探しにいく。選ぶ種目は双方の合意で決定する。テスト中の特殊能力の使用は無制限。
そう設けたルールでフユキとアゲハが種目を選ぶ。見守るカリンは、できれば計測が楽で正確な種目に決まってほしいと願う。
だが選ばれたのは反復横跳び。計測が一番忙しく大変な種目だ。よりによってこれかとカリンは頭を抱える。
「雪ですっ転ばせてやるわ」
「蝶で目眩ましさせてやる」
二人は妨害する気満々で、対策されない自信のある手の内を明かし、怪我しないよう忠告する。
「どうする? 順番か同時にか」
「同時に」
順番にやってカリンともう一人で測定するか、同時にやってまとめてカリンに測定してもらうか。前者だと抗議を起こしかねないので、フェアにカリン一人に見てもらう。
後者はカリンの負担が大きいが、二人同時ならどちらが速いか明確になる。勝負する二人にとっても、向き合ってやれば視覚的に勝敗が分かりやすい。
カリンとしても、お互い強烈に妨害し合ってまともに動けない結果が読めたので、二人同時に回数を数えるのは難しくないと思って引き受けた。
カリンの合図でフライングなしにスタートする。しかし実態は純粋な勝負で、さっきの妨害宣言は決行しなかった。
フユキは序盤、リードを感じる。フットワークは明らかにアゲハより速い。向き合って同時にやっているから、周期のズレがよく分かる。アゲハもそれは見えているが、まだ我慢する。
時間が半分経過すると、アゲハはカリンの声を真似て、彼女の動きに合わせて数を唱え始めた。一、二、少し空いて三。テンポも数字もその繰り返しで、フユキは困惑した。
片端だけ常にカウントされていない。カウントに休憩が入るのはそのせいだ。フユキは足元を気にする。このままの動きでは四回に一度無駄にしてしまう。
それからフユキはスピードを落としてより遠くまで跳ぶことを意識し、ロスを削る作戦に出た。そしてタイムアップ。
結果はアゲハの勝ちで、フユキは膝から崩れ落ちて悔しさを地面にぶつけた。
「前半まで勝ってたのに」
「端っこ踏めてない数え方だから慎重になっちゃったの!」
「……踏めてなかった?」
カリンは首を傾げる。計測中、フユキのロスはなかった。前半時点で彼女の圧勝と思いきやスタミナ切れなのか油断か、失速してアゲハに逆転された。
「だって端っこだけカリンの声聞こえなかったから」
「えっと、声は出してない」
フユキも違和感を覚える。確かにカリンの不穏な数え方が聞こえたと話すが、彼女は声に出していないと言う。
そして察した。これはアゲハの罠。特殊能力でカリンの声を真似て、間違ったカウントを聞かせて不安にさせたのだと。
「邪魔したのね!」
「もちろん」
アゲハは隠そうともしない。疑心暗鬼に陥らせる作戦を決行したのは事実で、勝った後だからネタばらしも臆さない。
「フユキは何もしなかったの?」
「だって怪我させたら悪いし……」
フユキが能力での妨害を未遂で終えた理由は事故を防ぐため。もしアゲハが雪で滑って怪我をして、残りの種目に支障が出たらそれはフユキに非がある。
「そうまでして勝ってもお姉ちゃんは喜ばないよ」
「それもそうね」
元凶は失踪したサクラだが、彼女を探す権利を賭けた勝負に妨害して勝ち、挙げ句怪我をさせたなんて彼女に知られたら、良く思われないと想像がつく。
「ズルして勝てておめでとう。さあお姉ちゃん探してきて」
「えー、まだ来ないの?」
フユキの悔しがる言動みたさで立ち回っていたアゲハは、探すのを面倒に思いサクラの方から合流してくれるのを期待していた。
しかしいない。あまりにも遅い。まさかまた天界へ飛ばされたのかと心配になった。
『サクラー、どこー?』
アゲハは蝶を大量に飛ばし、サクラの名前を呼びながら探しにいった。彼女の発した声が、あちこちの蝶から出てくる。まるで大勢で呼んで探しているように、声が響いた。
「本当に適任ね」
「悔しいけど同感」
どこにいるか分からないから、一度に広範囲へ声を届けられるのは効果的だ。それはアゲハの能力でしかできない。
フユキは勝負に負けたことと、仮に勝ってもアゲハみたいな探し方はできないことの二つの意味で悔しかった。
水面に映る自分の顔を見つめるサクラの元に、無差別に飛んだ蝶の一頭が辿り着き、アゲハの声を発する。その声で彼女はハッとし、現状を自覚した。
「なんて言い訳しよう……怪我? 失くし物?」
体力テストでフユキに負けて、自分は姉失格だと落ち込んでいたサクラは、皆に黙って行方を眩ませていた。このままサボり続けるわけにいかないものの、今まで何をしていたか説明ができない。
かといってこんな所にいる姿を見られるわけにもいかないから、蝶から聞こえる皆の居場所へと歩いて向かった。
「あっ、お姉ちゃん!」
サクラはフユキ、カリンと合流した。だが今度はアゲハがいない。
「じゃあ続けようか」
「いや、待ってあげなよ」
「だって授業が終わっちゃう」
しかしフユキは気にせず残りの種目を三人で周ろうとする。アゲハを待たないのは、負けたことへのせめてもの仕返しだ。
「どうせサボってるんでしょ」
アゲハ自身は動かなくても、蝶はあちこちに飛ばせる。自力でサクラを見つけることができなくても、居場所を蝶越しに聞かせればこうして彼女から来てくれる。
にもかかわらず探しにいったのは、隠れて休む姿を見られないようにするためだろう。今ごろも蝶に任せてどこかで寝そべっているとフユキは推測する。
その推測から飛び出した発言は、意図せずサクラに突き刺さった。サボっていたのは自分の方だ。事実とはいえ、逸れているのをフユキにサボりと思われていたと誤解し、心が傷ついた。塞ぎかかっていた心のダメージに追い討ちをかけられた。
「どうにかして伝えられればいいのだけど」
「……だったら」
サクラは見つかったからもう探さなくていい。どこに行ったか分からないアゲハにそう伝えるには、彼女がサクラを探したように無差別にあたればいい。
フユキが思いついたのは、自身の能力で雪をこの中学校の敷地内全域に降らせるという作戦。
「雪を降らせれば、蝶は飛べない。つまりもう探す必要ないって伝わると思う」
「でも迷惑が……」
ハンドボール投げや立ち幅跳び。グラウンドでの測定種目があり、雪を降らせるとテストしているクラスメイトが困ってしまう。
「じゃあカリンが燃やす?」
「もっと駄目でしょ。教室まで騒ぎになるわ」
ならばカリンの能力で焼け野原にするのはどうかと提案するも、火事と勘違いして学校中でパニックになり得るから余計に駄目だとボツを出す。
というわけで、サクラが桜吹雪を起こした。これなら邪魔にも騒ぎにもならないし、何より彼女がいることがアゲハに伝わる。
狙い通り、すぐにアゲハが戻ってきた。
「また雲の上に行ったのかと」
「大丈夫。心は曇ってたけど」
無事に合流できて一件落着だ。
残りの種目もサクラにとっては苦痛だった。一昨年の記録から伸びていない一方でフユキは彼女より良い記録を出して喜んでいる。
二年前に死んで生まれ変わった自分と、普通に生きて成長している妹の差を痛感し、姉として不甲斐ないと一人で思い悩んでいた。
そして段々と言い訳を自分に言い聞かせるようになった。本調子が出ないだけ。跳ぶタイミングがズレたとか、ボールが真っ直ぐ飛ばなかったとか。二年前の、生きているうちの最後の記録より振るわなかった種目に対しても、そう言い訳して心を落ち着かせる。
ただそんな小細工の通用しない種目が最後に待ち構えている。それはシャトルラン。持久力は些細なミスで実力を出せないものではない。
「お姉ちゃん、やろうっ」
「ええ、いよいよ最後ね」
フユキは意気揚々と、一緒に走ろうとサクラを誘う。彼女は姉に勝ったことを喜んだり見下しもせず、一緒にテストに挑戦することを楽しんでいる。その元気がサクラには眩しく、もちろん一緒にと答えるといっそう明るくなる。
案の定、先に疲れが見えたのはサクラだ。シャトルランは制限時間内に短距離を走ることが何回連続でできるかを測定するものであり、時間に収まればどんなに遅くても速くても同じだ。
だから併走できなくても間に合ううちは平気だが、先に間に合わなくなりリタイアするのは自分だとサクラは察していた。
サクラは逃げの考えが浮かんだ。頑張っても音を上げても、総合評価のランクが変わらないなら、限界になる前にリタイアする方が合理的だと。
そうするとフユキが残されてしまうが、一緒に走っている生徒は他にもいる。彼女らを競い相手にすればいい。どのみち頑張っても先にダウンしてしまう。などと理由をつけて、サクラは走りを終えようとした。
アゲハはサクラの表情の変化に気づいた。楽しようと考えている顔で、自分もよくするからすぐ分かった。仕方ないと思いながら、再び蝶を出してこっそりサクラの耳に止まらせる。
『頑張れお姉ちゃん』
フユキの声を真似て応援した。するとサクラはやる気に溢れ、限界まで走り続けた。
結局、妹より先にリタイアしてしまった。サクラは水分補給を済ませると、フユキを応援した。すると彼女は笑ってくれた。走るのは一人でも声と、そばで見てくれることが支えになる。
色々あったものの、サクラはスッキリした気持ちで体力テストを終えられた。




