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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第3章 新しい日常
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47話 一緒に頑張りたい

 新体力テスト本番。二クラス合同の体育の授業にて、それは行われる。


「カリン、私と組もう?」

「いいけど、サクラとじゃなくていいの?」


 測定はペアを組んで行う。合同授業なので隣のクラスの生徒と組んでもいい。だから久里浜(くりはま)華燐(カリン)は、広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)が組みたい相手は武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)だと思っていたので、誘われたのは嫌ではないが疑問に思った。


「お姉ちゃんと一緒にやりたいし」

「ああ、そういう」


 測定はペアで交互に行う。フユキはサクラと一緒に受けたいから、ペアになるのを避けた。測定器は一台ではないから、空いていれば二人一緒に測定できる。ペアを組むより、一緒に頑張りたい。それがフユキの思い。

 そういう経緯と聞いてカリンは安心した。てっきり知らないうちに喧嘩したのかと思ったが杞憂だった。


「私は先でも後でもいいわ」

「ありがとー。じゃあ着替えにいこうっ」


 ただそうなると、フユキはサクラと一緒にテストを受けるには順番を合わせる必要がある。そこで衝突をしたくないカリンは彼女の希望に従うと約束した。フユキはお礼を言い、二人で体操服に着替えに出発する。



「そしたらサクラは……アゲハと組むかもだけど、いいの?」


 カリンはフユキが気にするであろう要素がもう一つあるので忘れていないか聞いた。フユキが自分と組むということは、サクラは別の誰かとペアになる。最有力は北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)。今月現れて一緒に暮らすようになったサクラのクラスメイトで、フユキにとってはライバルのような存在。


「いいの。どうせアゲハはそのつもりだろうし、お姉ちゃんも断われないから」


 二人が組むことをフユキは読めている。しかしここで割り込んでサクラと組みたいと駄々をこねアゲハと争うのはみっともない。

 きっとアゲハはサクラしか当てがなく、組んでほしいと縋ることだろう。そしてクラスメイトの特権で先に彼女に声をかけることができて勝ち誇るだろうが、フユキははなから競争するつもりはない。


「せいぜい喜んでいるといいよ。私は張り合う気ないもんね」


 組むより隣で一緒にテストに挑むポジションを掴んだ方が勝ちだと思えるから、一人相撲をするアゲハを見て嘲笑ってやりたい。空回りするアゲハと、そのせいでフユキを羨むことしかできないアゲハ。二つの意味で笑える瞬間を、フユキは心待ちにしている。


「ねえフユキ、私と組まない?」

「……ごめん、もうカリンと約束してて」


 しかし予想外に、フユキがサクラに誘われた。嬉しいが、自分からカリンに声を掛けておいて切り捨てるわけにはいかないので泣く泣く断った。


「ほらフられた」

「じゃあアゲハでいいや」


 失礼な言い方をするもんだとアゲハは内心不服だったが、自分と組んだ方がフユキが面白いリアクションを見せてくれそうなので承諾した。


 フユキはショックだった。アゲハがみっともなくサクラに頼る姿を見られなかったばかりか、先走ったばかりにサクラの誘いを断ることになってしまったことが。



「フユキはサクラと一緒に測定したいんだって」

「あ、そうなの」


 サクラはサクラで、フユキがいくら違うクラスだからといって自分をいの一番に誘ってくれなかったことに落ち込んでいる。そこにカリンから経緯を聞いて、一緒がいいからあえて誘わなかったと知って立ち直った。


「だったら私がフユキと組む」

「い・や・だ」


 その理屈ならフユキはサクラ以外なら誰とペアでもいいわけで、サクラといるのも飽きたアゲハは自分を組むよう提案した。だがフユキに強く拒まれた。


 結局今の組み合わせのまま、サクラとアゲハ、フユキとカリンで今年の新体力テストにチャレンジするということで、体育館に向かう。


「上履き持った?」

「あー、そっか」


 昇降口でサクラはアゲハに確認した。八種目の測定は体育館とグラウンドの二箇所で行われる。最後がシャトルラン固定で残りの測定順は自由なので、外履きと屋内シューズの両方が必要。どっちかを履いてもう一方は持って移動するので、いつもの癖で昇降口に置いていくと取りに戻ることになる。


「あっちだと一足で済んだのに」

「そういえば、家に上がるときも土足だったわね」


 しかしかつてアゲハがいた天界は違う。靴を脱ぐと気が抜けてしまうからか、夜も休日もない天界は家の中も土足で過ごす。サクラも天界で一ヶ月過ごしたことがあり、その異文化と、そもそも天使が裸足でないことに驚いた。


「……まさかこんなところに天界民あぶり出しトラップがあるとは」

「大袈裟な……うっかり者の範疇でしょ」


 サクラが天界に行ったことがあることは天界民とフユキ以外には内緒だ。そして彼女との縁で怪しまれないように、アゲハが天界民であることも内緒にしている。


 靴の脱ぎ忘れは怪しまれる対象だと気づいたサクラは注意することに追加するも、アゲハはその程度うっかりで片付く話と思う。



「カリンって評価A取れる?」

「一昨年までは取ってたけど」


 フユキはカリンが運動得意だと知っている。持久力、瞬発力、跳躍力などあらゆる面で長けている。それはこの新体力テストにも活かされるだろうから、総合評価は最高のAでも不思議ではない。

 そして期待通り、カリンは何度もAを取っていた。


「去年は? ギリギリBとか」

「ううん。D。多分今年も」


 しかしそれは中学一年生までの話。二年生からは本気を出さなくなり、八種目すべてで目立たない記録に抑えている。今年は特殊能力に目覚めて初の測定だが、その意思は変わらない。


「私、目立つの怖いから」

「……そっか、あのこと引き摺って」


 カリンは中二に上がるときに引っ越してきた。転校前、友達と喧嘩になった。その相手がとにかく強く、会うのも怖くなった。そのためこの街に来てからは目立たないよう意識している。三ヶ月前に特殊能力が目覚めて、その評価が島内で学年トップだとしても、気持ちは変わらない。


 以前事情を聞いたことがあるフユキは、カリンに全力を見せてほしいと強請る気は起こらない。炎を纏って身体能力を上げて桁外れの記録を叩き出すカリンは見たいが、本人の気持ちを尊重し、やりたいようにやらせてあげることにした。


「あ、でもフユキは思いっきりやっていいから」

「そう? じゃあ成果を見せてあげるっ」


 ゆえにカリンも本心はフユキたちのような知り合いの能力者にも目立つ真似は控えてほしい。けれどもその願いは自分の心が弱いことに非がある。能力の使用は許可されているわけで、私欲で止めたくない。現にフユキは披露する気で満ちているのか、好きにしていいと告げると目を輝かせた。



 四人は移動を済ませて、いよいよテストを開始する。最初は上体起こしだが、サクラはフユキたちを見て不安に思った。


「フユキ、押さえられそう?」

「ゆっくりやるから……」


 カリンのパワーを一人で支えられるか心配したが、二人は平気だと言い張る。カリンは全力を出さないからフユキに負担をかけないと言い、フユキは押さえる力を補う策を編み出している。


「私が雪を乗せて重くするから」

「冷たいんだけど」


 フユキは特殊能力を使い降らせた雪を自身に積もらせる。これでカリンの膝を抱える体を重くし、激しく動かれても揺れなくする。

 なお雪の冷たさはカリンにも伝わり、ジャージの上から寒さを感じると文句を言いながらも、たかが三十秒の我慢なのでそのまま測定した。


「アゲハ、意外とやるのね」

「これはゲームしながら自主練できるし」


 サクラはアゲハの記録に驚いた。機敏にこなす印象がなかったが、いざ始まるとハイペースで腹筋を続け、タイムアップまで息切れもしなかった。

 その秘訣は日々の鍛錬にあり、指の激しい操作を必要としない人探しゲームをやりながら筋トレをしていた。



 今度はフユキとサクラが挑戦する。二人の特殊能力は風を起こすもので、それが雪か桜を纏うかの差があるものの、どちらもこの種目では活かせない。

 となると純粋な身体能力勝負だ。


「私ね、足に雪乗せて一人でも練習してきたんだ」


 しかしフユキはそれだけで済ませなかった。その身体能力を上げる練習を、特殊能力を使って実現させてきた。彼女はただサクラと並んでテストをしたいのではない。


「成長した私、見せてあげるね」


 かといってサクラにない能力を自慢したり、回数で勝ってマウントを取りたいわけでもない。フユキの思いはただ一つ。去年より進歩した自分を見せたいのだ。


「よそ見すると疲れるわ。おヘソ見て」

「捲くらないで!?」


 フユキがかっこよく決めたところを茶化すようにアゲハがサクラに告げる。確かに顎を引いて起こす方が体への負担は軽くなり、一緒にやる以上、隣で見てもらうのは合理的ではない。


 けれども理屈を味方につけて邪魔したいように思え、そのうえ体操服を持ち上げ素肌を露にしようとするアゲハに、フユキは怒りが湧いた。終わったら雪だるまにしてやりたいと思うほどに。



 開始の合図が鳴り、サクラもフユキも必死に挑戦する。サクラは途中でカリンの声が届き、フユキに回数で大きく差をつけられていることに気づく。

 いつの間にこんなに差がついていたのかとショックを受けた。同い年とはいえ自分は姉なのに、このままでは示しがつかないと焦る。しかし能力を活かす案が無い。疲れても失速しないよう根性だけで粘り、それでも差は広がるばかり。一回にかかる時間がフユキの方が短い。


「やったー!」

「おめでとう。自主練もそうだけど、部活の成果も出たんじゃない?」


 結果、サクラはフユキに惨敗した。しかしそれで彼女が煽ることはない。去年の自分を超えることが彼女の目標だ。


 サクラは去年とあまり変わらず、それ以上にフユキに大敗して心にダメージを負った。だがカリンの言葉で納得した。フユキはサクラと違い、部活動をしている。それも運動部。日頃の練習で鍛えて結果、いっそう記録が伸びたのだと納得した。



 だがサクラは心を痛めるばかりだった。以降の種目でも何一つフユキに勝てず、差をつけられたことを実感する。

 フユキ自体は優秀だが、それ以上にサクラの成長が微々たるもの。種目ごとの得点こそ去年までと変わらないが、総合評価の階級は学年ごとに変わる。結果は去年と同じでも、ランクのボーダーが上がるためにランクは下がることもある。

 サクラが向かっているのがまさしくその未来だ。


 途中でサクラは考えが変わった。フユキに差をつけられたことがショックなのではない。ついていけない、成長していない自分が駄目なのだと。


 思えば去年も、一昨年の結果から伸びていない。周りは部活の成果が出て急成長するなか、サクラは進歩が誤差の範囲。


 そして彼女は思い至った。自分は中一で死んでしまい、以降は生まれ変わってこの姿になった。肉体の死が、筋肉の成長も止めたのだと。

 そう思い込んだサクラは、悲しくて飛び出した。


「次は……お姉ちゃん? どこ?」

「知らない」


 三人はサクラが泣いて去ったことに気づかず、黙って姿を眩ませたことを不思議に思った。靴か何か忘れて取りに戻ったのを恥ずかしくてバレないよう離れたのかと考え、この時点では誰も深く気にしなかった。



 サクラはお手洗いに飛び込んだ。蛇口を開きっぱなしにし、水溜まりができている。水面に映る自分の顔は、ピンク色の髪ではなく、生前の自分に近い。フユキと同じ水色の髪だ。


 池に落ちて死に、外から聞こえるフユキの声と悲痛な泣き顔を救いたくて生き返った。立場は違えどもう一度一緒にいられるようになって満足していたが、年月が経って、成長の差を思い知る。


 死んでしまった自分が嫌で溜まらなくなり、水溜まりには蛇口とは別に水滴が垂れ落ちた。


「お姉ちゃん、失格だな……」


 生前の最後の測定から伸びない結果。対して妹のフユキはみるみる成長している。肉体年齢なら、もう二つも越されている。それが情けなく、そして悔しくなったサクラは、堪えきれずそう呟いた。

 残りの種目で巻き返そうという意欲は沸かず、そもそも戻る決意も固まらず、時間が過ぎていった。

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