46話 試したい気持ち
年に一度の新体力テストの日が迫る。そこで今日は他校のAランク女子仲間でスポーツセンターの体育館を借りて予行練習をするべく集まった。このランクはテストの評価ではない。一部の人に目覚める特殊能力のことだ。
だから誰もが最高評価のAを目指しているわけではなく、特殊能力をどう活かせば得点を伸ばせるかを試したり参考にしたりする。能力者の交流会は、学校の垣根を超えて協力する事態に備えたイベントだ。
新体力テストは最後は二十メートルシャトルランで固定、残り七種目の順番は自由。得意なテストや空いているテスト。順番決めは人それぞれだ。
そしてテストのルールとして二人一組でパートナーに測定してもらう。これも本番通りやる。武蔵浦春桜は美南哀月と組んだ。二人は先月能力者に仲間入りした者同士。いわゆる"同期"で、これまでも休日に度々会っている。
「思えば知らなかったな。アイリは運動得意?」
「まあ、そこそこかな」
「私はそこまで自信ないんだ」
けれどもアクティブな関わりは少なく、どれだけの運動能力があるかを知らない。種目の回り方の参考にしようと、サクラは尋ねた。
するとアイリは自信無さげに答えた。それを受けてサクラは去年の評価は聞かないことにした。反面、自分と同じ気持ちと知って安心した。
「まあリハーサルだし、気楽にやろうよ」
大船切裏が会話に混ざってきた。彼女のパートナーは同級生の福俵天使で、サクラと目が合った。
「アゲハと手繋いで寝るのは効果あった?」
それは体力テストと関係ない話。天界から来て今はサクラと暮らしている北参道天羽が早起きできないことを相談し、地上の暗い夜に慣れないのなら手を繋いで安心させてあげようというアドバイスを受けた。
その話を今切り出されるのはサクラの想定外だった。仲良く一緒に寝ていると、コトリたちに思われてしまった。特にアイリはアゲハがお気に入りなのでサクラに嫉妬の目を向けている。気づいたサクラはすぐさま誤解を解く。
「別々だから、寝るのは。代わりに私の手の形した枕で」
手を繋いで寝るよう提案されたのは事実だが、実践していない。アイリがサクラに嫉妬したように、サクラの妹がアゲハに嫉妬した。
そして妹の出した代替案、アゲハが使っているサクラの腕枕を再現した自作枕を、敷くのではなく握ることで彼女の温もりを得るという方針で解決した。
だから一緒に寝ていないと弁明する。アイリは納得したが、実態を聞いて欲が出た。
「私もアゲハの手が欲しい」
「フユキに言えば作ってくれるかも」
アイリからすれば別々の部屋で寝ていても同じ家で暮らしているサクラが羨ましいわけで、一緒に暮らせない自分に気分だけでもアゲハを感じさせてくれてもいいのにとボヤく。
だったらお願いすればいいだろうとサクラは丸投げした。アツカ以外は知らない。サクラがアゲハに望んで出会ったわけではないことを。
「今は関係ないでしょう。ほら、行くよ」
今日は体力テストのリハーサル兼特訓に来た。その目的を置き去りにして雑談し揉めている場合ではない。コトリは会話のきっかけを作ったアツカに忠告し、測定場所へと連れていった。サクラたちもついていった。
「上体起こしから? 何か理由あるの?」
サクラはコトリに尋ねた。相談もなく即決したのには、高得点を狙う意図があるように見えた。コトリはアツカの手を離し、準備しながら答える。
「汗かく前に済ませたいから」
「ああ、なるほど」
このテストはパートナー同士密着する。被測定者が寝そべり足を引いて膝を上げ、パートナーが補助について両腕で膝をホールドし回数を数える。
最後のシャトルランに備えて、疲れる種目は早めに済ませて体力を回復させつつ他の種目をこなしたい。けれどもそれを最初にやって汗だくの体で触れ合うのを避けるための選択と聞き、サクラたちは納得した。
「よし、寝て」
「待って何そのヘルメット」
考えている間にコトリはフルフェイスヘルメットを装備して戻ってきた。これは特殊能力ではない。そんな防具が必要な種目は無いはずだとサクラとアイリは目を合わせて戸惑う。しかしコトリは淡々とスタンバイを進める。彼女は最初、補助につく。
「これなら頭ぶつけられても平気なはず」
「ああ、それで」
コトリは落ち着きのないアツカに日頃から頭突きを浴びせられている。上体起こしの測定中、起こした頭が飛んでくるのは予測できた。だから対策を練り、持参してきたのだ。
「危険な種目は先に終わらせておけば後が楽なのよ」
加えて、怪我させられる恐れのある種目を後回しにしておくと、残っているのを不安に感じ集中できなくなる。早々に済ませておけばもう怖くないので安心して全力を出せる。
それらがコトリの判断材料だ。
「こんな頭使うなんて、これが能力者の世界……」
「いや、組まない方がよくない?」
サクラは色々困惑したが、そもそも特殊能力に常識は通用しない。特別な力には特別な対策が必要で、それを当たり前と思えるようにならないと、この先ついていけない。頑張って適応すると決心した。
一方でアイリは、そこまで危険で対策も必要と分かっているなら、安全な人と組む方が良かったのではないかと疑問を投げる。
「だから私が組んであげるの!」
コトリの言い分は、自分が逃げたところで代わりに誰かが餌食になる。そうなるのは避けたいから、自分が引き受け餌食も回避する。要はお人好しなのだとアイリは納得した。
「私もコトリと組めて嬉しいわ」
「そ、そう。感謝なさい」
アツカは落ち着きの無さをボロクソ言われるも、コトリが自分とペアなりたいことを理解し、自分も同じ気持ちだと告げた。そう聞いてコトリもまんざらでもなかった。
「待ち時間少なそうで早く終わるかもだし」
「馬鹿にしやがって」
上体起こしのように時間制の種目もあれば、ハンドボール投げのように記録が良いほど測定が面倒な種目もある。
その点でいえばコトリの身体能力なら心配ないだろうと言い放つアツカに、見返してやりたい気が湧いてきた。
「ところで何点目指す?」
だが気持ちを当初のものへ切り替えるコトリは、項目別得点表を見せて何点を取るか事前に確認する。得点ごとに階級があり、結果がどこに該当するかで種目ごとの点数が決まる。
大事なのは八種目の合計点。その下の総合評価基準表は年齢別に点数の階級があり、それに応じて五段階評価のどれかが決まる。
つまり種目ごとの回数が多少負けていても、総合評価が同じこともあり得るわけで、だからコトリは何点目指すかを聞いた。
「……五点かな」
「私も」
サクラが先に答え、アイリも真似た。その答えでコトリは自分も五点を目指すと決めた。
「五点って何回?」
「見えてないんだね」
しかしヘルメットのせいで細かい数字が見えない。十五回以上だと教えてもらい解決した。
スポーツタイマーを操作してもらい、アツカとサクラはテストを開始する。勢い任せに腹筋運動をするアツカをコトリは必死に押さえる。サクラは隣で自分のペースでこなし、予告通りの点数を取った。
交代してテストを開始する。アイリは寝そべりサクラに掴んでもらった後で、始める前に提案をした。
「ちょっと離れて立ってて」
「え? 分かった」
サクラは手を離して立つと、アイリの尻と足裏からクモの糸が広がった。
「漏れてるよ」
「戻ってきて」
アイリは特殊能力でクモの糸を床に張り、下半身を固定した。これでサクラに掴んでもらっても途中で緩んでも上体起こしの動きは安定する。
立ってもらっている間に、ネバつかない糸を上に張ったので、サクラが張りつくことはない。
サクラは恐る恐る踏んでみると、何ともないのを実感し、警戒を解いた。
そして測定が始まり、アイリは安定したテンポで腹筋を続ける。隣のコトリよりずっと速かった。
「やった! 自己ベスト更新っ」
「五点って約束したのに」
アイリは能力を活かして安定した姿勢で測定できた甲斐あって、宣言より高い点数に達して喜んだ。サクラは測定前に色々戸惑ったものの、彼女への理解が深まったことと彼女が好成績を収めたことは素直に喜ぶ。
なお同じレベルだと安心していたコトリは上に行ったアイリに憤慨し、裏切りカウントが一溜まった。一方アイリは宣言を上回ったことは気にせず、糸を消滅させ後片付けをした。
「あれなら一人でも練習できる」
「いいわね、それ」
アイリは上体起こしで今回の結果で満足せず、糸を使えば補助なしで本番通りの状況で特訓できると考えると、学校の授業の日まで自主練しようと決意した。
サクラは残りの種目のどこかで、彼女のように能力を活かした点数アップを実現したいと思い、考える。彼女のように体を固定する力はない。代わりに風を起こして空を飛べる。
つまり立ち幅跳び。バレない程度に体を浮かせ、遠くへ跳んで点数を上げる。
問題点は、本来測る跳躍能力が要らなくなることだ。体力テストなのにそんなズルをしていいのかと一人で悶々とするが、これはリハーサルであり、特殊能力をアピールする会。
ズルと言われても笑って済ませてくれると信じ、けれども怪しくない程度に風で体を浮かせて跳んだ。
「ど、どう?」
「惜しい。あと一センチで得点上がった」
悪いことはできないものだとサクラは反省した。
「コラ! 飛ぶのは反則だから!」
その後、アツカが天使の翼を生やして一度のジャンプで滑空し、コトリが巻き尺を伸ばしながら追いかける。その光景を見てサクラは、コソコソしている自分がみっともなく思えた。
「サクラを見習って! 飛べるけどちゃんとやってたでしょ」
サクラは心が痛くなった。バレないようにやっただけで、アツカと同類のズルをしていたのだ。
「ごめん、実は私も風で浮かせたの」
堪えきれず自白し、一回目の記録は無効にしてもらった。コトリはサクラがそんな卑怯なことをする人だとは思わなかったこともあり、裏切りカウントがまた一つ溜まった。
「工夫はしてもズルは駄目。それを学ぶためでもあったんだね」
サクラは過ちを認め、繰り返さないと誓った。むしろこういう経験を本番前にしておくことが、集まりの目的と解釈した。
「まあ、試したい気持ちもあるわよね」
コトリはそこそこショックだったものの、しっかり二度目はズルなしでテストしそれを記録としたので、引き摺ることでもないと割り切った。
それからしばらくして、ついに最後の種目シャトルランに挑戦だ。コトリとサクラが走り、他の二人は記録兼応援係。
あと何回走れば点数が上がるかを教える役目がある。
「これも五点かな」
「じゃあ私も」
シャトルランは二十メートルを何往復もする持久走。他七種目と比べ圧倒的にテストの時間が長いから、一緒に走る人は心強い。二人は同じ目標を立て、その回数まで走り抜くと決意した。
「そうだ、アイリにお願いがあって」
走る直前、サクラはアイリに依頼した。今度はズルをしない。正攻法で記録を伸ばす方法を思いついたが、それは一人ではできない。
目標の回数が迫ったら、応援の言葉を投げてほしいと頼んだ。だがアイリは嫌そうな顔をする。無理にとは言わず、サクラは戻った。
最後のテストが始まる。短距離を何度も往復する。制限時間の音楽が、どんどんテンポアップする。疲れが溜まる一方で、時間は徐々に短くなるためスピードアップを求められる。
サクラは限界が近づくと、アイリは恥を捨て応援した。お姉ちゃん頑張れ。そう叫んで、彼女に最後の力を振り絞らせた。
コトリは限界なものの目標は達成。もう何往復か粘ったところで点数は変わらない。点数が上がるまで続く自信もないので潔く終わらせた。一方でサクラはまだ走る。
コトリは自分の止めるタイミングが早かったのかと焦ったが、間違いはない。これはサクラが、もう一点上を目指したのだ。
その後もアイリはサクラを姉と呼んで応援し、目標より一つ上の点数に達したと聞き、リタイアした。
おめでとうと称えるアイリに、サクラはお願いを聞いてくれてありがとうと返す。
アツカも素直に喜ぶ裏で、コトリの裏切りカウントがまた溜まっていた。




