45話 思い込みではない
連休明け後の初めての休日。武蔵浦春桜と北参道天羽は他校生の福俵天使の家を訪れた。アツカはアゲハと天界からの知り合いで、三ヶ月前からこの島で暮らしている。たまに天界に飛んでいくようで、サクラも一度そこで会ったことがある。
今日はサクラの提案で、地上の生活に慣れないアゲハのためにアドバイスを貰いに来た。言葉以外に部屋を見るだけでヒントを得られるかもしれないから、電話ではなく対面で聞く。
「……あれ?」
しかし待ち合わせの時間にインターホンを鳴らしても反応がない。正確には十分前だが、誰も出てくる気配がない。地図を見てきたし、表札も合っている。サクラは日付を間違えたか、あるいは直前に連絡が来ていたのかと疑い、スマホを確認する。
「いや、合ってるはずだけど」
だがそれらの線は薄い。日時は合っているし、アツカからの連絡もない。
「アゲハの方は? 何か連絡ない?」
「ない。けど、待ってれば大丈夫」
連絡ならアゲハに行っている可能性も考えられたが、あてはハズレ。アツカの行方が掴めないがアゲハは落ち着いている。家から出てこないのは、気づいていないからではない。約束の時間になっていないからだと分かっている。
「アツカって時間に細かくて、早めに来ても意味ないのよ」
「あ、そうなの?」
サクラは納得しつつも、分かっているなら先に言ってほしいと内心言い返した。とはいえあと数分なので、ぐちぐち言うほどの問題ではない。
「だから一本遅らせようって言ったのに」
「それじゃ間に合わないでしょ」
待たなくて済むように到着を遅らせる案をアゲハは出していたが、几帳面なサクラは一切聞かなかった。家の前で少し待つのを避けるためだけに言い合いする気は起きず、遅刻しない時間に出発した。
「少しくらいいいじゃん」
「そんな考えだからいつまでも学校に慣れないんじゃないの!?」
部屋を見て会話するだけだから、待ち合わせの時間に間に合わず開始が多少後ろ倒しになったところで誰も何も困らない。
そんなアゲハの主張も間違いではないが、サクラは時間への意識の緩さ自体が問題だと言い返す。
「約束を破る癖がつくと、いつか大失敗するのよ」
「へーい」
アゲハは忠告への実感が沸かなかったが、これ以上ボヤいてサクラをカッカさせるのも非生産的と割り切り、聞き入れた。
「お待たせー!」
時間になってアツカが玄関を開けて飛び出してきた。勢いあまってサクラと頭をぶつけた。
アゲハは大事ことを言い忘れた。時間に細かいアツカはギリギリまで粘り、そのせいで慌てて、遅れることや人にぶつかることがあるから注意しておくようにと。
こちらが遅れて到着するのも、対アツカなら安全面で合理的な提案だと。
思わぬ小言に意識を割かれ、気づいたらもう遅かった。
「ごめんねーっ。服が決まらなくてまだ時間あると思っていたら遅れちゃって」
「大丈夫よ。もう平気」
いきなり頭突きされて驚いたが、痛みは引いたしアツカがそそっかしい子だということは知っている。むしろ何かトラブルがあったのか心配していたので、何事もなくてホッとした。
「その様子だと、アツカも学校遅刻したことありそうだけど……」
「ううん。皆勤賞だよっ」
「へー、凄いのね」
アツカは学校に遅刻、欠席したことがない。サクラにとってもそれは毎年クラスに数人いるレベルなので、最初は特別驚かなかった。
「えっ、皆勤賞!?」
だがアツカがアゲハと同じ天界生まれであることを踏まえると、土日も休まず通っていたことに驚きを隠せない。地上での皆勤賞とは桁違いの難易度だ。
「はー、タフネスね」
サクラ自身も天界で一ヶ月学校生活を送って、休日も長期休暇もないのはつらかった。地上では月に二十日の登校が、三十日になる。十日の休みもなくなったうえで。
体調も精神面でもそれだけ頑丈なアツカなら、すぐに地上の生活に適応できてもおかしくない。アゲハが見習うにはハードルが高いとさえ思えた。
「居眠りはノーカンだから」
「ちょっと待って」
制度の抜け穴を突いているだけと疑わしいその発言で、サクラは一気に頭が冷えた。
「でも最初は苦労したよ。地上は障害物多くて。車とか」
アツカは急ぐときに天使の翼を生やして一直線に向かう習慣ができていたので、そうやって地上で登校すると天界と勝手が違うと知った。
「確かにぶつかると危ないものね」
「あっちはほら、飛んでても天使にしかぶつからないから」
「それも危ないけど!」
天界は飛べる人だらけなのでぶつかりやすさは天界の方が高い。だがぶつかっても平気なレベルだから危険ではないと割り切るアツカにその考えはどうなのかとサクラは突っ込む。
彼女の猪突猛進な行動はそうやって育まれたと理解すると同時に、ぶつかると危ない意識を刷り込ませるために地上での使命を課されたように思えてしまった。
「早起きした分、昼寝をすればいい……」
「そんなわけないでしょ! 悪魔の囁き聞いては駄目!」
一日の頑張る時間を増やすことなく早起きする方法を学んだアゲハは、したり顔を見せる。むしろ授業中に睡眠時間を確保することで就寝時刻を遅らせる余裕すらできるとまで図っていた。
だがそんな方針で解決するわけにいかないサクラは断固拒否し、発想のきっかけを与えたアツカを責める。
「ま、一ヶ月もすれば慣れるんじゃないかな。学校も向こうもそこまで厳しくないし」
当のアツカは悪魔呼ばわりも、アドバイスを欲しいと言った真の元凶はサクラということも気にせず、体が慣れるのを待つよう促した。仮に遅刻したとしても、そのペナルティで天界から罰が下されることはない。
「サクラは自分が特別だからチェックに敏感なんだと思う。もっとどっしり構えなよ」
「でも、アゲハがサボってるのバレたし」
アツカはサクラが監視や罰を深く考え過ぎているように思える。天界の主だからとか、地上には特殊能力者がいるなどの要素が、そういった不安を駆り立てているのだと。
だがそれが単なる思い込みではない根拠もある。サボることには抜け目のないアゲハが地上に行っていないことに気づかれるくらいにはお見通しに思えていた。
「それ私が話したもの」
「……え」
バレたのはバラした人がいるから。何の特殊な力でもない。たったそれだけのからくりだった。サクラは絶句し、アゲハは彼女を裏切り者と認識した。
「なんでチクったのさ」
「ごめん、うっかり……でも言ったよ! 内緒だって」
サクラは地上に降りてきた当初、昔馴染に行方不明の一ヶ月のことを聞かれた。天界に行ったことは秘密にしておきたかったから、許しを得られて帰ってきたとだけ答えてはぐらかした。
誤算だったのはうっかりアゲハの存在を洩らしてしまったこと。本当は一緒に来るはずの人がいたと。そしてそれが彼女だと知っている、アツカの前で喋ってしまった。
だがそのときサクラはアツカに頼んだ。アゲハが留学をサボり、天界の学校にも行っていないことは他言しないでほしいと。その約束を守ってくれていれば、伝わらずに済んだはずだ。
「それを報告したってこと?」
「ううん。答えられませんって言った」
「そりゃバレるよ!」
アツカは約束を破っていない。だが嘘もつけなかった。それは先月彼女が天界に戻ったときのこと。地上へ行ったアゲハの様子を聞かれた際に、サクラの言葉を思い出して庇った。会っていないと答えておけばまだごまかせたものの、答えられない隠し事があると匂わせた結果、アゲハ周りに調査が入り、天界に残っていることが発覚した。
「知らないって言ったら嘘になるよ」
「嘘言っていいから!」
自分が死んだ姉の生まれ変わりであることを隠し赤の他人と偽ってきたサクラは、嘘をつくことへの抵抗がない。嘘を本当のように言えば事実を捻じ曲げられると信じる気持ちが原動力。
「まあ今さら言っても仕方ないか」
「いや悪いのはサボってたアゲハじゃない?」
まるで事実がバレる言動を見せたアツカが責められ許されたように聞こえるが、そもそもアゲハがちゃんと地上に研修に行っていれば言い合いにならずに済んだわけで、傍観している当事者に視線を向ける。
「今は頑張ってるからいいでしょ」
「昼寝しようとしてたよね!?」
それは百も承知のアゲハは自身に非があるのは受け入れて、一ヶ月遅れただけで使命に励んでいるからそれでいいと返す。
朝起きるのがつらいから授業中に寝る案に走る彼女のどこに頑張りを見出だせるものかとすかさず言い返された。
「二人は一緒に学校行ってるんだっけ?」
「うん」
「じゃあサクラにアドバイス」
「私に?」
アゲハのサボりバレの件はさておき、昼寝以外で寝起きを良くする方法をアツカはその身で編み出していた。ただそれは本人以外の協力が必要なので、サクラに向けて話す。
「寝ぼけて電柱にぶつかるとき、助けないで」
「……えっと、それショックで目を覚ます的な話かな」
サクラは聞き間違いと信じたかったが、アツカの提案は言葉通りのものだった。眠気を痛みで上書きして対策するという荒療治。そして彼女に提案したのは、危ないと思っても助けないことだった。
「そう。私、前に眠くてフラフラしていたら」
アツカは経験を語る。一人で歩いていたらよろめいて柱に頭をぶつけて目が覚めた。これは名案だと自賛し、別の日に同じように眠気覚ましを図ったら、同級生に体を引っ張られ未遂に終わった。
それでは眠いままだったため、お礼を言うときに頭同士ぶつけて目が覚めた。
「効果てきめんだった」
「とんだとばっちりでかわいそう」
話を聞いたサクラが思ったのは、助けたのに痛い思いをして結果的にアツカの頭にダメージが入り無駄に終わった同級生が気の毒でならないことだった。
「そうだ。夜の暗さは?」
「あー、最初はびっくりしたね」
地上と天界の違いは夜の有無。寝る時間は暗くなることに慣れるまでは寝つけず朝がつらかったのではと考えるサクラに、アツカはその通りだと答える。
「だから、友達と一緒に寝た」
「え?」
「こうやって手繋いで、勇気もらったの」
アツカはサクラの手を取り、暗い部屋に対する恐怖を振り払うときはこうするのだと実践してみせた。それはさっきまでと違うあまりにも真っ当で綺麗なアイディアだったので、彼女は本当にアツカなのかと疑ってしまった。
「ありがとう。それ採用」
「向き合ってやるといいよ」
最後にアツカはアドバイスを送る。手を繋ぐ他に目を合わせるといっそう安心できると。サクラは実践することにして、お礼を言った。
「というわけでしばらく一緒に寝るね」
帰宅した後、サクラは広小路冬雪に話した。アゲハが早起きに慣れるまで、一緒の部屋で手を繋いで寝ると。そんなことを言えば嫉妬されるのは読めているが、黙って実践するとバレたときが怖いから、経緯も含めあらかじめ伝えておいた。
「お姉ちゃんと手を繋いでいればいいんでしょ? ならあの枕でいいよ」
フユキは阻止したいがサクラの邪魔をしたくない。暗くてもアゲハが安心して眠れるようにすることが目的なら、以前彼女に作った腕を模した枕を使えばいいと提案する。
しっくり指まで作り込んであり、廊下に落ちていれば千切れた腕に見えて怖いくらいリアリティがあるので、代用として十分と制作者として自負している。
アゲハは試しに寝そべってフユキ自作腕枕の手を握る。だがしっくりこないのは、サクラ本人の手の感触を知らないためと気づく。
「よく分からないからサクラの手も触らせて」
「まあ、いいけど……」
枕にダメ出ししないか不安ながらもサクラは許し、結局手を繋ぐことにフユキは不服だった。
「意外とひんやりしてるのね」
「その枕が冷たいせいじゃないかな? まあいいけど」
アゲハは最初、枕の冷たさは人と遠いと思ったが、サクラの手に触れてあまり変わらないと感じ、枕で妥協した。
先に冷たい物に触ったからその感覚が残っていただけに思えるサクラだったが、二人が納得するならそれで良いと割り切った。
なお翌朝からアゲハは早起きし、学校で昼寝もしなかったので一件落着となった。




