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うすらいゲイザー  作者: 夕凪の鐘
第3章 新しい日常
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44話 信じたい気持ち

「じゃあ行くけど、ちゃんと起きるのよ」


 北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)は布団の中で声にならない返事をする。遅刻せずに一人で登校できるか、そもそもこのまま布団から出ずサボらないか心配だが、武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)は出発する。


 今日は広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)と一緒だ。フユキが朝練のため早く登校するので、サクラも同時に家を出る。


「お姉ちゃん、あっちの世界と違う?」

「え?」

「ほら、あいつ起きるの苦手だし」


 アゲハが地上に降りて一緒に暮らし始めてもう何日も経つ。いい加減仲良くしてほしいのがサクラの本音だが、それは置いておき、質問に答える。


「地上の方が全然良いわ」


 比較対象は地上と天界。サクラはフユキと逸れて一ヶ月間、天界でアゲハと一緒に暮らしていた。それから地上に帰ってきて一ヶ月以上経ったが、どちらが居心地良いかは比べるまでもない。


「夜はずっと明るくて全然寝られなかったし」

「私は暗くても寝られなかったよ」


 天界に太陽はなく、主が照らしているから常に明るい。そんな環境が突然始まったサクラは、天界暮らしが続くことに備え環境に適応する決意を折られかけた。


 まるで暗ければ寝られたかのような言い分にフユキはムッとした。彼女は逸れたその日からこの島での生活を始めたが、サクラと再会できるか不安でぐっすり眠れなかった。



「アゲハがいたから寂しくなかったんだね」

「まあすぐ帰れるって信じてたし」


 フユキと別れて寂しかったのは本当だ。けれどもサクラは永遠に会えないとは思い込んでいなかった。たとえ自分が死んだ姉の生まれ変わりで地上にいると知られてはならない存在だとしても、どうにかすれば地上に帰れると疑っていなかった。


 もし地上での生活は駄目と言われても、真相をフユキに告げてお別れのつもりでいた。


「……お姉ちゃん、本当は向こうに居たいのに私のために嫌々来たのかと」

「そんなことないわ」


 今になってフユキが気にした理由は、サクラが行っていた天界から降りてきたアゲハが、なかなか地上の環境に慣れない光景を見るためだ。天界の方が快適だったゆえかと考えると、そこにずっと居られたはずのサクラに、来てほしいと呼びかけていた自分は迷惑だったのではと思えてしまう。


 しかしサクラは否定した。夜も休みもない天界に戻りたくない。


「こっちの方が私に合ってるし、何よりフユキがいるもの」

「そ、そう。ふうん」


 それに地上にはフユキがいる。それだけで毎日が楽しい。面と向かって言われたフユキは照れ隠しに奔った。



「私も制服で行けばよかった」

「今日はダンスしないの? ミーティング?」

「ううん、やるけど」


 サクラは今日、初めて夏服を着て登校する。普段は冬服で、今着ている方はアゲハに貸している。けれども今日だけ交換した。彼女が自分用の制服を注文するにあたり、夏冬両方の着心地を知っておいた方が良い。


 そんな経緯で夏服を着ているサクラを見て、自分も制服なら初めてのお揃いだったのにとフユキは悔しがる。もう少し早く気づいていれば、普段朝練に行くジャージ姿になる前に着替えられた。


「お姉ちゃんの夏服デビューだから、ペアルックがよかったなって」

「なんだ、そんな理由」


 大したこだわりではないと一蹴され、フユキはがっかりした。


「お姉ちゃんはそれ着るとき、私とお揃いだって気づかなかった?」

「皆同じだし」


 衣替えは来月だが、気温の高い日が増えて上着を脱いで過ごす同級生が増えてきた。サクラは初めて夏服に袖を通すとき、フユキと特別お揃いとは考えなかった。


「それにフユキ、カーディガン着ているからあまりお揃い感が」

「私のせいじゃん……」


 その言葉にフユキはショックを受けた。当初は暖かくなる前から夏服を着て寒さに強いアピールをしていたが、それは彼女の持つ特殊能力由来の体質。

 能力を持たない周りに合わせるために重ね着するよう変えた結果、サクラはフユキと同じ服装になるという実感が沸かなかった。

 フユキは周りに合わせた結果一番欲しいものを逃した自分を恨んだ。



「でも、部活続ける気があってよかったわ」


 そもそもフユキが今ジャージを着ていることは部活を続けているからであり、サクラはそれを偉いと思った。もし辞めていたらこの時間に出発しないし、服装も制服だった。


「ほら、てっきりアゲハが来たからお姉ちゃん取られちゃうって言って辞めるとか」

「……お姉ちゃんとの時間が減るのを承知で始めたもの。それくらいじゃ折れない」


 確かにフユキにとってアゲハの出現は想定外の事態だ。自分が部活の時間、二人は自分の知らないところで自由に過ごせる。そんな図々しい真似をさせないために、退部してアゲハをマークすることを考えたことはある。


 けれども、入部したらサクラと過ごせる時間が減ると覚悟のうえでそう決断した。一緒にいられなくなった時間をアゲハが使う権利を得ただけで、残りの時間を奪われたわけではない。


「それに部活楽しいし」

「そう。なら良かったわ」


 何よりサクラとの時間を削ってまで部活をしたい気持ちは強い。そう聞いてサクラは安堵した。フユキは当初、我を出し過ぎて周りに馴染めなかったが、抑えて感性を合わせるよう意識したら溶け込めた。その良好な関係が続いていることをサクラは喜ばしく思う。


 加えてサクラが部活に入らないのは遠くの私立高校へ進学するべく勉強時間の確保のため、ではないと知ってフユキは安心できた。高校でも一緒と信じたから、部活で離ればなれになることも苦ではない。


「……え、お姉ちゃん居なくなっちゃうの?」

「ならないわよ!?」


 フユキは会話の流れで察知した。それなら自分が消えても平気だなんてサクラが言い出すのではないかと。サクラ自身そんな前振りしたつもりは一切ないので、即座にはっきり否定する。



「そうだ、貸してあげる」


 カーディガンの件でフユキは閃いた。鞄から取り出し、サクラに預ける。自分は特殊能力の関係で寒さに強い。一方でサクラは今日は夏服で、今までより肌寒く感じるかもしれない。


「寒くなったらすぐ着られるようにと思って」

「ありがとう。じゃあせっかくだし」


 着てもらわなくてもいい。必要になったらいつでも着られるように預けておきたい。フユキの好意にサクラは甘え、受け取ってすぐに着た。


 暖かいが、同時に悪寒がした。昨日の一年生の反応が頭を過る。連休前は他校の制服で代用していたが制服が届いて皆と同じ制服で登校したら、別人と勘違いされた。


 その翌日にまた服装をガラリと変えたら、また別人に思われてしまわないかと不安になった。


「お姉ちゃん?」

「だ、大丈夫よ」


 サクラは自分に言い聞かせる意味でもそう答えた。どのみち夏服で来た時点で昨日と格好が違うわけで、それに心配なら着なければいいだけのこと。受け取らないという選択は無い。



「じゃあ行ってくるねっ」

「頑張って」


 中学校に到着し、フユキは練習場所へ向かう。サクラはしばらく暇だが、一度帰る時間はあると気づく。


 アゲハがちゃんと起きるか見に行きたい気持ちと、来ると信じたい気持ちがせめぎ合う。迷っているうちに時間はどんどん過ぎていく。これではいずれ、往復する時間がなくなってしまう。


「アゲハ起きなさい!」


 サクラは悩んだ末に引き返し、アゲハは叩き起こした。寝ぼける彼女はサクラを見て首を傾げた。


「……誰?」


 その言葉にサクラはショックを受けた。フユキのカーディガンを着ただけで自分と認識してもらえなくなったと思い込み、自信をなくした。


 なお実際は単にぼやけて見えていただけだ。



「はー、面倒」

「始まったばかりでしょう」


 ショックは心に秘め、気持ちを切り替えてアゲハと一緒に登校する。疲れるには早いと呆れつつ、再び学校を目指して歩く。


「だってしばらく祝日ないじゃん」

「あるわよ。来月」

「マジ?」


 アゲハのやる気の無さは、終業式まで祝日がないことの辛さから来ていた。だが祝日はあると聞き、希望を持った。

 けれどもそれはすぐではなく、一ヶ月以上先の話。


「私の誕生日の前日」

「……まだまだ先じゃない」

「来月だし。あるだけ感謝しなさいな」


 連休は終わってしまったが今月は始まったばかり。来月が果てしなく遠くに思えた。


「それに一ヶ月ってあっという間よ。私が向こうにいたのもそれくらいだし」

「そうだったわね」


 サクラが天界で過ごした期間と同じと考えれば、あまり長くないとアゲハは考えた。同時に、彼女も一ヶ月の短さを実感したことを思い出す。


「私の休みもあっという間だったわ」

「それは休みじゃないからね?」


 地上の研修に出発したと偽って天界に残り学校を休んでいた一ヶ月は短かったと呟くと、そんな期間は長過ぎるしそもそもあってはいけないとサクラは指摘する。



「空の上から見られているかもだし、ちゃんと頑張らないと」

「えー、平気だって」


 サクラは自分に言い聞かせる意味でもそう言った。下手に自分の正体を知られたら、天界へ強制送還されるかもしれない。地上だからと油断してはならないと、常に意識しておきたい。


 一方アゲハは危機感ゼロだ。天界にいた頃から土日の登校をサボっていた彼女にとって、この程度の怠慢は気にならない。


 その余裕たっぷりな振る舞いを見て、むしろ自分が考え過ぎなのかとサクラは思い至る。現に一度失敗している。フユキに正体を明かす前、隠すためにサクラを演じようと意識するあまり、却って感情的に暴露してしまった。


 今一度自分よがりな頑張りを見せて、その結果裏目に出ることは避けない。


「どうしたらそんなに大雑把になれる?」

「馬鹿にしたわね?」


 参考にしたくて尋ねた結果、見下されたと誤解を招いた。



「そもそもサクラ、目的は果たしたじゃない」

「目的?」

「本当のこと言えたら、ずっと向こうにいてもいいって」


 サクラは天界に来た当初、地上に戻ってはいけないと言われた。せめてフユキに自分の口で、死者だから地上に居られないと伝えたいと頼んでも却下された。


 しかし許しを得て真実も明かした。言ってしまえば、サクラは地上に未練がない。


「連行されてもいいって割り切るのが、大雑把ってことじゃない?」


 なら失態を冒して天界へ連れ戻される事態になっても、地上にやり残したことがないので覚悟できるはず。できているなら、無理に残ろうとせず気楽にしていればいい。そうアゲハは提案する。


「確かに、連れていかれると覚悟して全部話したけど」


 けれどもサクラはフユキと一緒にいたい。お別れでもいいなんて考えたくない。かといってそうこだわるあまり逆効果なこともあり得る。フユキの気持ちを考えると、いつサヨナラでもいいなんて考えで一緒にいたくない。



「一年生たちも、私に頼ってくれなくなったし」

「さすがに慣れたからじゃない? 学校に」


 フユキに限らず、頼られることが減ったとサクラは気にしている。段々と存在意義が薄れていくことが、地上での役目がなくなっていくことを暗示しているようにも思えてくる。


 けれどもアゲハは時の流れが招いた自然な現象だと告げる。入学して一ヶ月経ったから、頼らなくても平気になっただけではないかと突っ込んだ。


「まるで私は桜の木。花が散ったら見向きもされないのよ」


 何を言い出すのかとアゲハは首を傾げた。


「心配なら進路希望訂正したら?」


 アゲハは面倒になり、気持ちを文字に表すよう勧めた。するとサクラは首を横に振る。散々迷って、やっぱり天界に帰りたくない思いが前面に出る。


 そのとき、決意が固まった。


「ありがとうアゲハ。私、あれに書いた未来を目指す!」


 どこにいたいかは文字に起こした。後はその実現を目指すだけ。アゲハの言葉で覚悟を決められたので、お礼を言って迷いを捨てる。


 サクラはこれからも地上に残る。この中学を卒業し、高校にも通う。そしていずれ、将来の夢も叶える。


 天界への送還なんて、夢の実現の障害でしかない。夢の通過点である学校に向かう足取りが軽くなる。


 そしてその日の帰宅後、サクラは部屋中に目標を書いた紙を張り、アゲハを呼んだ。目を輝かせる彼女と対照的にドン引きした。

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